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『教育は何を評価してきたのか』【ブックレビュー#30】

 このコーナーでは、大学基準協会職員が自らの興味・関心に基づく書籍等を紹介しつつ、それぞれが考えたことや感じたことを自由に発信していきます。大学の第三者評価機関に勤める職員の素顔を少しでも知っていただけたら幸いです。なお、掲載内容はあくまで職員個人の見解であり、大学基準協会の公式見解ではありません。

今回で2巡目を迎えます!!

 こんにちは!総務企画課の藻利と申します。

 2021年5月にスタートしたJUAA職員によるブックレビューですが、冒頭の趣旨にある連載企画として、毎月本協会職員が順番に記事を投稿してきました。おかげさまで今回30本目を迎えるとともに、職員による連載も今回から2巡目を迎えます。

 本連載は、大学基準協会公式note立ち上げとともに開始し、今では数少ない立ち上げ当初から続くマガジンとなっています。

 これも偏に多くの読者の方々に支えられてのことです。いつもありがとうございます!

 それでは、改めて私の自己紹介といきたいところですが、2年前に投稿した前回記事からあまり変わっておらず(笑)、引き続き広報関係の仕事をしています。

▼よかったら前回の記事もご覧ください。

今回のブックレビューは・・・

 今回ご紹介する1冊はコチラです。

本田由紀 著『教育は何を評価してきたのか』岩波書店、2020年

 著名な教育社会学者である本田由紀氏(東京大学大学院教育学研究科教授)の著書であること、そして「教育」と「評価」という評価機関の職員であれば誰しも興味をもつであろう2つのキーワードの入ったタイトルに惹かれて本書を手に取りました。

「異常な」日本を解明する

 著者は、経済協力開発機構(OECD)をはじめとする多くの国際比較調査の結果から、日本の人々の特徴を「異常に高い一般的スキル、それが経済の活力にも社会の平等化にもつながっていない異常さ、そして人々の自己否定や不安の異常なまでの濃厚さ」(19頁)と表現し、こうしたそれぞれの「異常さ」を日本社会の問題として指摘しています。

(本書の袖にある「なぜ日本社会はこんなにも息苦しいのか。」という一文は、こうした問題を端的に言い表しています。)

 そして、こうした問題の背景には、「日本における、人間の『望ましさ』に関する考え方」(19頁)があると指摘し、このことを具体化する表現として、「能力」「資質」「態度」の3つの言葉に着目しながら、特にこれらの言葉の使用頻度の高い教育分野において、明治以降の教育政策を俯瞰することで、この「異常さ」の実態解明を試みています。

「垂直的序列化」と「水平的画一化」

 この実態解明における重要なキーワードとして、「垂直的序列化」と「水平的画一化」という言葉が出てきます。「垂直的序列化」は、「相対的で一元的な『能力』に基づく選抜・選別・格づけ」(202頁)と、「水平的画一化」は、「特定のふるまい方や考え方を全体に要請する圧力」(203頁)として定義され、また、それぞれに関連する言葉として、前者は「能力」が、後者は「資質」及び「態度」が該当するとされています。

 「垂直的序列化」については、学校教育において、学力を中心とした「能力」による序列化として紹介されていますが、近年では学力のみならず、「『意欲』『個性』『社会性』『課題対応能力』など、若者に対する知的側面以外の要求や期待をごちゃまぜに突っ込んだ形」(206頁)によって、「能力」に優劣をつけるようになっていることが指摘されています。

 一方、「水平的画一化」については、その代表例として、「戦前の教育勅語体制」(207頁)が挙げられています。また、近年の動きとして、教育基本法の改正などによって、「特定の『資質』≒『態度』を一様に求める仕組みが、学習指導要領により学校教育の全域に組み込まれた」(207頁)と指摘しています。

 そして著者は、これら「垂直的序列化」と「水平的画一化」が、教育を通じて過剰に進展していることが、前述の「異常さ」の問題を生じさせていると分析しています。

「水平的多様化」へ

 著者は、こうした問題への解決の糸口として、「水平的多様化」の強化を提唱します。「水平的多様化」については、「一元的な上下(垂直的序列化)とも均質性(水平的画一化)とも異なり、互いに質的に異なる様々な存在が、顕著な優劣なく併存している状態を意味している。その中核にある原理は、異質であることの価値を認め、排除を可能な限り抑制することにある」(215頁)と説明しています。

 そのうえで、こうした「水平的多様化」を実現するための教育政策として、いくつかの具体的な施策が提案されています。

本書を振り返って

 本書の終章では、著者の問題意識として以下の記述があります。

 筆者が本書を書きたいと思ったそもそもの動機は、「能力」や「資質」「態度」という言葉が、人間を形容する言葉としてあまりにも日本社会に普及して頻繁に使われ、自明視され、政策や制度にも反映されることにより、人間を縦の序列で比較したり、あるいは特定のふるまい方の基準を満たしていない場合に排除したりするような事態が幅広く起こっているのではないか、と考えたためである。

(234頁)

 もともと「評価」というキーワードの入ったタイトルに惹かれて手に取った本書ですが、実際に読んでみると、具体的な教育評価の方法等に関する記述はもとより、「評価」という言葉自体がほとんど出てきません。

 これは、著者の問題意識にもあるように、「能力」「資質」「態度」という3つの言葉が、それぞれの時代の中でどのような意味に捉えられ、今日に至ったのか、言い換えれば、我々はそれぞれの言葉をどのように「評価」してきたのかということについて全体を通じて明らかにすることが本書の目的にあったからだと思われます。

 そして、これらが明らかにされていく中で、言葉の持つ力の大きさに気づかされます。言葉は、政策や制度に大きな影響を与え、それらは各々の人生にまで影響を与えます。忙しい日常において、言葉の意味1つ1つに目を向けることはなかなか難しいことかもしれませんが、こうした言葉の影響力を知り、言葉の限界や弊害を意識するだけでも、著者が提唱する「様々に異なる生き方を尊重し、誰もが可能性を発揮し安心して生きて行けることを目指す」(234頁)という「水平的多様化」の実現に一歩近づくのではないかと思います。

 多様性が求められる時代において、これからの教育のあるべき姿が描かれた貴重な1冊となっています。

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