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『君たち文系はどう生きるのか―東大で「鬼」と呼ばれた教授が伝える人生に活きる授業と成長へのヒント― 』【ブックレビュー#47】

このコーナーでは、大学基準協会職員が自らの興味・関心に基づく書籍等を紹介しつつ、それぞれが考えたことや感じたことを自由に発信していきます。大学の第三者評価機関に勤める職員の素顔を少しでも知っていただけたら幸いです。なお、掲載内容はあくまで職員個人の見解であり、大学基準協会の公式見解ではありません。

 みなさま、こんにちは。評価事業部評価第2課の長谷川と申します。昨年の4月に入局し、専門職大学院の認証評価と、獣医学・歯学の分野別評価に関わる業務に従事しています。
 今回のブックレビューは、著者の荒巻健二氏が東京大学や京都大学、ロンドン大学等国内外6つの大学での教員生活、旧大蔵省での勤務、IMF(国際通貨基金)への出向経験等から、文系学部での教育のあり方やそこで如何にして学び、成長すべきかを説いた一冊です。

荒巻健二『君たち文系はどう生きるのか―東大で「鬼」と呼ばれた教授が伝える人生に活きる授業と成長へのヒント―』昭和女子大学出版会、2024年

 本協会の書庫で本書のタイトルを見つけた時、そういえば自分は文系であることを思い出し、無意識ながらも文系学生であった自身の学生時代を振り返るとともに、社会人として今に活かせるヒントが得られればと思い、手に取りました。

はじめに

 大学に進学する多くの方は、高校生の時に「文理選択」をし、自分は「文系」である、若しくは「理系」であるとはっきり認識をすることと思います。しかし、私自身は高校生活において文理選択をした経験はなく、無意識のうちに「文系」の道へと進みました。大学在学中は周囲もほぼ全員が文系であったことから、自身が文系だと自覚したのは就職活動中、SPI等の試験として課される数的処理に苦労した時くらいであり、そのほかの学生時代は「文系だから」という理由で何かを考えたことも意識したこともありませんでした。

本書の構成

 本書は大きく分けて6章で構成されています。第1章から第5章では、著者である荒巻氏が1997年に旧大蔵省からの出向により地方大学へ赴任し、その後も複数の大学において教鞭をとった際のエピソードやその経験から得たことが語られています。そして、第6章においては文系学生が身につけるべき力は何かについて言及しています。

第1章 私語のショックと外の世界に触れることによる学生の成長
第2章 広く読み、多く執筆することがもたらす充実―社会人対象の文系大学院コース
第3章 「鬼」から「大鬼」への格下げとハートに火がついた学生たち
第4章 「1ペニーたりとも無駄にせず吸収したい」―ロンドン大で見た英国の学生たち
第5章 良い授業とは何か―双方向の知的交流と実社会とのつながりを求める学生たち
第6章 文系学生が身につけるべき力は何か

 第1章では、初めて地方大学に赴任した際、授業中の私語にショックを受けたことで、文系の大学教員は社会に役立つことをしているのかという、筆者が四半世紀にわたり解を探し続ける問いを突きつけられた一方で、ゼミ活動において学生の成長を目の当たりにした経験が語られており、第2章では、社会人を対象とした大学院コースにおいて教鞭をとった京都大学、埼玉大学での経験を振り返っています。

 第3章では、それまでの行政からの出向という立場ではなく、教授として東京大学に赴任し約13年間教鞭をとった経験、第4章では1年間東京大学からロンドン大学へサバティカルとして在外研究を行った経験が語られています。

 さらに、第5章では東京女子大学への赴任経験が語られ、2020年の新型コロナウイルス感染症禍におけるオンライン授業オンデマンド授業で教鞭をとった経験から、著者が考えるオンライン授業の利点と弱点についても言及しています。

 そして、第6章では、第1章から第5章までの経験から、『我々(文系の大学教員)は社会に役立つことをしているのだろうか』という問いに対して、試行錯誤的に行った授業の模索等を通じて著者が導き出した授業の方法や学生が身に付けるべき力について述べています。

自分の頭で考える力

 まず、文系学生への授業に求められるものとして、学生の関心を引くテーマや好奇心が湧くようなテーマの問いを示すこと授業の中で学ぶ内容と現実とのつながりを示すこと意見交換や発表など能動的な参加の機会を与えること、そして、学生に自分の頭で考えさせつつも、学ぶべきことを分かりやすく学ばせることが挙げられるとしています。

 そして、文系学生が身につけるべき力として3つ挙げられています。1つ目は「自分の頭で考える力」、2つ目は「現実の問題に対応する力」、3つ目は「データを処理する力」です。

 文系学生が身につけるべき力として3つの力が挙げられていますが、特に「自分の頭で考える力」は著者が本書を通じて繰り返し強調しており、その重要性について以下のように述べています。

文系大学で身につけるべき力は何か。四半世紀の経験から、まず一番重要なのは自分の頭で考える力であることは間違いないと思われる。文系の学生が出て行く実社会の問題はコンセンサスのある解が存在しないものばかりであるし、問題の所在自体が明らかでないことも多い。何が問題(問い)であり、答えは何かを関連の資料やデータを探し出し、問題の所在、その原因、原因に対する対応策を自分の頭で考えていくことは文系学生が日々直面することになる課題である。

(178頁)

おわりに

 本書では、文系学生が身につけるべき力を身につけさせるために、著者の大学教員としての創意工夫が随所で述べられており、本書の最後には成長へのヒント15カ条として、現役学生に向けたアドバイスが述べられています。自身の学生生活を振り返ると、納得できる部分も多く、現役学生の方はすぐに役立てられるヒントだと思いました。

 本書は、著者が旧大蔵省や出向先であるIМF(国際通貨基金)での勤務経験、教員生活での経験が時系列で記されており、ストーリーが分かりやすく読みやすい本であると感じました。現役の文系学生だけではなく、文系大学への進学が決まった高校3年生、これから進学先や分野を考える高校1、2年生にもヒントになる内容だと思います。

 また、大学卒業後の就職と直結しないことが多い「文系」はタイパ(タイムパフォーマンス)もコスパ(コストパフォーマンス)も悪いのではないか、と感じていたり、考えたりしている現役学生や高校生にも、考えるひとつのきっかけとしてぜひ手にとってほしい内容となっています。

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