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本協会が所蔵する書籍、雑誌等について

 今年もあと残りわずかですね…。
 今年最後の記事は本協会が所蔵している書籍、雑誌等についてです。
 
 本協会は大学の評価機関というイメージが強いかもしれませんが、前回記事で「大学評価研究所」についてご紹介したとおり、長年にわたって高等教育に関する調査研究活動に取り組んできた歴史があり、研究機関としての側面も持ち合わせています。現在本協会には、国内外問わず高等教育に関するさまざまな書籍が10,000冊以上所蔵されており、国内外の定期刊行物も多数取り寄せています。そうした書籍、雑誌等は私たちの業務に欠かせないものとなっているだけでなく、今となっては貴重な1947年の創立時のものも多数あります。
 せっかくなので、所蔵している書籍の中でも貴重なものを当時のエピソードとともにこのコラムでご紹介したいと思い、先輩職員に聞いてみたところ、所蔵する書籍の中でも特に古い、百科辞典のA.H.McDannald, “THE ENCYCLOPEDIA AMERICANA”(Americana Corp,1947)を教えてもらいました。

THE ENCYCLOPEDIA AMERICANA

 「え、教育に関する書籍じゃないの?」と思われた方、鋭いですね!なぜ古いアメリカの百科辞典が本協会にあるのでしょうか。そして、なぜこれが貴重なものなのでしょうか?
 今回はこの“THE ENCYCLOPEDIA AMERICANA”にまつわる本協会創設期における興味深いエピソードをご紹介したいと思います。
 
 ここで本協会の設立時(1947年)の話まで遡ります。戦後まもなくの日本は、アメリカの連合国最高司令官総司令部(GHQ)の占領下にありましたが、日本の教育改革についてはGHQの一部局である「民間情報教育局」(以下、「CIE」)が担っていました。
 CIE主導のもと、日本の大学関係者が集まり今後の大学のあり方を考える中で、アメリカには大学関係者によって大学を評価し、大学をより良くしていくために支援している団体があることがわかります。こうしたアクレディテーション団体と呼ばれる団体をモデルに、日本においても民間の大学団体を作ることになり、そうして設立されたのが本協会です。
 
※本協会の成り立ちや教育への想いについて詳しく知りたい方は、下記の「特集:大学基準協会とは? (1)大学基準協会の成り立ち」をご覧ください。

 上記の経緯から、本協会の創設にはCIEが深く関わっていたことがわかりますが、“THE ENCYCLOPEDIA AMERICANA”は、1950年に日本の大学に寄贈するためCIEから本協会に届けられたものであり、本協会から当時の会員大学宛におよそ300セット送付しています。

 CIEから百科辞典が本協会に送られてきた理由については、1950年10月刊行の『大学基準協会会報 第6号』の「アメリカ百科辞典贈与式について」※に記録されたCIEのウォルター・シー・イールズ博士の挨拶から読み解くことができます。
※当時の本協会における“THE ENCYCLOPEDIA AMERICANA”の和名表記は『アメリカ百科辞典』

(前略)トーマス・カーライルは「真の大学は、書物の集積場である」といったが、この言葉は百年後の今日においても真実であり、今後も真実であり得る。米国では図書館は大学の心臓であるといわれている。
(中略)大学の図書館は洋和を問わず多く持っているべきだが、過去十年間の日本の大学は書物を多く保有し得なかった。特に外国の図書においてそうである。
(中略)我々は本を退蔵する為に贈与したのではない。本がすりきれる位に利用されることを望むものである。
 この百科辞典は記念品ではないから、十分すりきれる迄使ってほしい。
(中略)この百科辞典の贈与が日米親善を意味するとするならば、この辞典の活用そのものが日米親善の象徴であると思う。

(27頁~28頁より引用)
(『会報』第6号)

 上記の「真の大学は、書物の集積場である」や「米国では図書館は大学の心臓である」という言葉が表しているように、イールズ博士は、教育研究機関としての大学は多くの書籍を保有することが重要であると考えており、その一方で、当時の日本の大学は「過去十年間の日本の大学は書物を多く保有し得なかった。特に外国の図書においてそうである。」と指摘しています。
 こうしたことから、イールズ博士、そしてCIEの方々は、そうした日本の大学の現状を受け、各大学がより多くの書籍を保有することの大切さに気づき、教育研究機関としてさらなる発展を遂げてほしいという想いを込めて、この辞典の寄贈に至ったのではないかと考えられます。
 
 また、CIEが当時の文部省を通して寄贈するのではなく、本協会を経由させたことにも意味があるように思われます。本協会は国・公・私立大学が集って組織した大学団体であったことから、そこにはこれからの高等教育の発展を中心になって担ってほしいという意味での期待感があったのではないかと想像します。
 
 私は入局してから3年目になりますが、こうした書籍一つをとってみても、本協会の歴史の深さを知ることができるエピソードがあり、まだまだ自身の職場について知らないことが沢山あることを実感しました。
 また、イールズ博士の挨拶の引用はほんの一部ですが、この数行だけでも、日本のこれからの教育に強い関心と大きな期待を寄せていたことが伝わってきました。
 こうした方々の想いを引き継ぎ、今日まで本協会が続いているのだと思うと、身が引き締まります。
 
 ちなみにこの話には続きがあります。この百科辞典の寄贈を受け、今度は本協会からCIEを通じて、米国の大学や図書館宛に『法隆寺金堂壁画集』(法隆寺金堂壁画集刊行会、1951年)を送ることになります。

『法隆寺金堂壁画集』

 壁画集の費用等は、百科辞典の寄贈を受けたある会員大学に協力いただいたようで、本件に関連する資料をまとめた「法隆寺金堂壁画集贈呈対策小委員会」というアーカイブズ資料※には、これらの経緯について詳細が記されています。百科辞典のお礼に関する対策委員会を設置するといった動きから、この百科辞典の寄贈は本協会にとって大きな出来事であったことがわかります。
※本協会が所蔵している戦後の日本の大学改革や大学の質保証に関連する資料等
 
 今回ご紹介した書籍等は本協会2階の書庫スペースにありますが、特に古いものであり、保存状態の関係から基本的には公開していません。しかし、書庫スペースでは他にも多くの書籍等を所蔵しており、本協会の正会員又は賛助会員に所属する教職員の方や大学院生、そして、こうした方々に紹介された個人や団体所属者で学術研究を目的とする方を対象に、各書籍の閲覧・複写の申請ができるようになっています。
 もしご希望の方がいらっしゃいましたら、下記ページの「資料閲覧及び複写データ送付を希望される場合の申し込み方法」をご覧ください。

  それでは、読者の皆様、今年も本協会の記事をご覧いただきありがとうございました。
 来年も「大学基準協会公式note」をよろしくお願いいたします。
 
注:上記の引用箇所については、旧字体を新字体に変えるとともに、歴史的仮名遣いを現代仮名遣いに変えて記載しています。

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