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大学の特長、ココにあり!#14 (前編)京都精華大学における「マンガ学」とマンガ研究の国際化への取組み

 本協会の大学及び短期大学等の評価は、大学・短期大学の教職員、その他高等教育関係者の方々によって行われています。
 このコーナーでは、そうした評価の結果、大学関係者が認めた優れた教育活動等について、評価結果の内容をさらに深掘りし、皆様にご紹介していきます。
 14回目となる今回は、2022年度に評価を行った京都精華大学で展開されている「京都国際マンガミュージアム」と「国際マンガ研究センター」を中心とする、京都精華大学の特長的な学びである「マンガ学」と、マンガ研究の国際化への取組みを中心にお伺いします。


取材にあたって

 京都精華大学では、建学の理念「人間尊重」「自由自治」を基盤に、世界に尽力する人材の育成を使命として教育・研究活動を展開し、「まったく新しい大学」を目指してきました。2001年日本初の「マンガ学科」、2006年には京都市と共同で「京都国際マンガミュージアム」を開設したことは教育界内外で大きな話題となりました。今回は京都精華大学が進めてきたマンガ学部を中心とした「表現で世界を変える」人材育成について、また京都市中心部に所在する「京都国際マンガミュージアム」の様子をお伝えします。

今回取材する取組みについて

 マンガ学部及びマンガ研究科を有する大学として、「国際マンガ研究センター」 において国内外のマンガ分野に関する調査・研究を行い、海外の学術団体と連携しながら「京都国際マンガミュージアム」を通じてその成果を広く発信している。「アフリカ・アジア現代文化研究センター」においても、「国際マンガ研究センター」と共同でアフリカのマンガ文化の調査・研究を行い、その成果を展覧会・イベントを通じて発信しているほか、海外の大学との交流を通じて国際的なネットワークを広げるなど活発に取り組んでおり、「世界に発信する知と表現の拠点へ」との戦略施策のもとで大学の特色を生かした先進的な研究成果につながっていることから評価できる。

(2022年度「京都精華大学に対する大学評価(認証評価)結果」の長所より抜粋
 https://www.juaa.or.jp/updata/evaluation_results/110/20230403_657899.pdf)

お話しいただく方
京都精華大学 
吉村 和真 教授 (専務理事・マンガ学部教授)
松井 雅  様 (学長室グループ長)
矢澤 愛  様 (学長室グループリーダー)

京都精華大学の設立と建学の理念について

――まず初めに、貴大学の建学の理念「人間尊重」「自由自治」に込められた想いをお聞かせください。
吉村教授(以下、敬称略、他の方も同じ):本学は1968年に京都精華短期大学として開学をしております。団塊の世代が大学生になり、学生運動が盛んな時代でした。世の中の価値観が大きく揺らいでいた、ある意味戦後の転換期と言える時代であったと思います。そうした中で建学の理念の「人間尊重」には、大きな変動を迎えている世の中で「自分たちが世界を変えていける」という自負とその思想やスキルを身に付けさせたいということ、そして「自由自治」には「学生が主体的に学ぶ」という想いが込められています。
 
――前身である京都精華短期大学は「まったく新しい大学」を目指して設立されたそうですが、貴大学ではどのように「まったく新しい」あゆみを辿ってきたのでしょうか?
吉村:本学は、開学当初から教員・職員・学生が「大学の構成員」という意味で同等なのですが、あの時代において「教員が上から指導する」のではなく「学生が主体的に学ぶ」ということが文字の上だけでなく制度の中で体現されていました。この点では「学びの内容」ではなく「学び方」が「まったく新しい」と言えるでしょう。
 そして、新しい「学びの内容」の象徴が「マンガ」となるでしょうか。前身の短期大学開学から5年後の1973年、美術科に「マンガクラス」が設置されました。当時はマンガが今のような地位を得ていた時代ではありませんが、現代の美術を語る上でマンガは不可欠だという結論に至り、「マンガクラス」の開設となりました。
 かの手塚治虫先生も著書の中で「京都精華短期大学というマンガを教える大学がある」と述べていらっしゃったように世間は大学でマンガを学ぶことの先進性に注目していましたが、私は建学の理念にある「人間尊重」「自由自治」を体現するツールやジャンルとして「マンガ」を捉えたところが「まったく新しい」と考えます。

日本初のマンガ学科・マンガ学部の開設

――貴大学は2000年にマンガ学科、2006年にマンガ学部をそれぞれ日本で初めて開設しましたが、「マンガ学」はどのような学びなのでしょうか?
吉村:現在のカリキュラムは、実技系科目の演習や実習が基軸となっていますが、先行の学問の美術史をマンガに置き換えた「マンガ史」や海外のマンガと比較する「比較マンガ論」、マンガを活用して社会展開するための「マンガ産業論」、マンガ雑誌などの編集・企画する力を養う「企画編集論」など、幅広い理論系科目と体系化して構成されています。
 ここからも分かる通り、本学の「マンガ学」はマンガ家を養成するだけの学問ではありません。マンガ学科開設から20年ほど経った今、マンガやその関連領域が広がり、「マンガ」が示す範囲が多岐にわたってきたので、改めて「マンガ学」について立ち返り考えています。

――マンガ学科を開設する際、いろいろとご苦労もあったようですね。
吉村:学内はもとより、世間からも賛否両論が聞こえてきました。そもそも「マンガ」は反体制の象徴ともみなされていたので、大学という体制に取り込んでよいのかという論調もありました。
 そこで「マンガ学」を巡る意見を広く聞くため、また「マンガ学」という新しい学問の学術的な環境を整備するために、京都精華大学が「日本マンガ学会」の設立を助成しました。これは本学の初代マンガ学科・マンガ学部長である牧野先生の尽力によるところが大きいのですが、この「マンガ学会」で先行研究や莫大なマンガ関連の資料の整備が議論され、2006年の「京都国際マンガミュージアム」設立につながったのです。

――大学でマンガを学ぶ意味はどういったことでしょう?
吉村:この質問は、マンガ学科やマンガ学部を作った時から何度も聞かれました(笑)。文学部の卒業生がすべて作家になるわけではない、教育学部に行ったら必ず学校の先生になるわけではないですよね。大学で「マンガ学」を学ぶ意味はマンガを幅広い表現手段の一つとして捉え、それに共感する人たちと新しい動きを起こしていくこと、コミニュケーションツールとしてのマンガの可能性を探り、それに携わる人材、例えば編集者とかプロデューサー、あるいはお役所や一般企業など、広く社会でマンガを活用したり発信したりできる人材を育成していくことにあると考えています。
 本学は「表現で世界を変える」というモットーも掲げていますが、建学の理念の「自由自治」「人間尊重」と併せてマンガ学部をはじめ全学において様々な形で「表現で世界を変える」ことを実践しています。

「京都国際マンガミュージアム」「国際マンガ研究センター」の国際化への取組み

――「国際マンガ研究センター」や「京都国際マンガミュージアム」ではどのような活動が行われているのか、またそれぞれがどういった形で連携して研究成果を発信しているのかをお聞かせください。
吉村:「国際マンガ研究センター」は、「京都国際マンガミュージアム」設立に向けて研究のための環境整備を行うなど、ミュージアムが箱とするなら、研究センターはエンジンのような役割を担ってきました。
 2011年には文部科学省の「私立大学戦略的研究基盤形成支援事業」に採択され、以降毎年1回の国際会議、ジャーナルの発行をベースにミュージアムの国際化を進めました。その後十数年を経て、研究所やミュージアムが国際的に認知されるようになり、現在は同じく学内の「アフリカ・アジア現代文化研究センター」と共同でセネガルやカメルーンなどとの間で交流を深めています。
 今年の3月にセネガル日本大使館の後援、すなわち公的な支援を受けてのワークショップも開催しました。最新のところでは、「京都国際マンガミュージアム」「アフリカ・アジア現代文化研究センター」の共同事業で「アフリカマンガ展(仮称)」を今年度中に開催予定です。

セネガルでのワークショップの様子

――日本のマンガは翻訳されて外国でも出版されていますし、アニメも人気があると聞いたことがあります。
吉村:日本のマンガの国際的なニーズは本当に高いです。2019年に大英博物館でマンガ展「The Citi exhibition Manga」が開催され、大成功を収めました。そんな中、フランスのアルザスに2025年開館を予定しているEuropean Manga & Anime Museum(マンガミュージアム)の設立にむけて、昨年、アルザス日本研究欧州センターと包括協定を結びました。
 台湾でもマンガミュージアム設立の構想があり、本学が設立に向けた相談を受けました。マンガ文化の国際化の流れを受けて、国際マンガ研究センターの活動はさらに大きく広がっています。

包括協定の調印式
左から京都精華大学 澤田昌人学長、アルザス日本研究欧州センター所長 Catherine Trautmann氏

――「京都国際マンガミュージアム」は、学生の教育・研究にどのように活用されているのでしょうか?
吉村:大学評価でも評価していただきましたが、2020年より大学コンソーシアム京都(※)のPBL科目(※)に、「京都国際マンガミュージアム」を活用した「京都ミュージアム企画デザイン演習」が選定されました。これは、他大学の学生とも共同し、京都の文化を学びながら、ミュージアムが抱える問題点を解決したり、ミュージアムの魅力を高めるための企画を立案したりする実践的な演習科目です。
 ミュージアムの閲覧室は他大学の学生も利用可能で、主に人文社会学系統の学生たちが研究に利用しているようです。また、学芸員資格を取得するためのインターン施設としても活用しています。もちろん、授業や研究のために本学の学生がミュージアムを利用することもあります。
 
矢澤:デザイン学部ビジュアルデザイン学科の学生がマンガミュージアムでVRゲームフェスティバルを開催するなど、マンガ学部以外の学生もミュージアムをイベントや展示の場として活用しています。卒業展示をマンガミュージアムで行った年もありました。
 
※大学コンソーシアム京都
「大学のまち京都・学生のまち京都」の発展を目指し、加盟大学・短期大学の教育・学術研究水準向上と地域の発展と活性化に努め、高等教育の発展と社会をリードする人材の育成を目的とする公益財団法人
※PBL科目
課題解決型学習:Project Based Learning又はProblem Based Learningの略

――最後に、改めて貴大学のマンガ学を振り返り、今後の展望をお聞かせください。
吉村:時代の流れは二次元や視覚的な表現とますます広く深く繋がってきました。開学当時にこうした動向をどこまで予見していたかはわかりませんが、本学はかねてより「表現を介したコミュニケーション」に注視し、「表現で世界を変える」人材を輩出してきました。
 日本のマンガやアニメのキャラクターの世界観が国際的に注目される現代において、「表現で世界を変える」というモットーを体現する重要なツール・ジャンルとして「マンガ」があり、そのための教育・研究や社会に向けた発信の場として、本学のマンガ学部や「京都国際マンガミュージアム」が存在するのだと思います。
 
松井:渡航制限も解除され、外国人も戻ってきましたので、コロナで止まりかけたマンガ研究の国際化への活動を復活させたいと思います。
 
吉村:来年度、メディア表現学部が初めての卒業生を送り出しますが、個人の卒業論文や卒業制作とは異なり、複数メンバーによる卒業プロジェクトという共同成果物も目指しています。将来的には例えば、社会に訴えかける方法はデザイン学部に任せ、ビジュアルはマンガ学部の学生が描くマンガに、海外展開は国際文化学部が担う、というように複数の学部を横断して繋がりつつ、それぞれの専門が生かされるようにしたいと考えています。
 そうした機会を通じ、学生たちの可能性や繋がりを全学、あるいは社会にも広げていけるよう、臨機応変なカリキュラムの改善を心がけています。冒頭で本学は50年前の社会変革期に設立されたとお話ししましたが、表現やメディアのあり方においては、今まさに、50年前のような変革期が再来していると思います。建学時の初心に戻りつつ、新しい考えを取り入れ、教育活動を展開していく所存です。

取材を終えてー京都精華大学の「マンガ学」とは

 お話にあった通り、高等教育機関である大学にマンガ学科を開設したことは、当時の社会に大きなインパクトを与えたようです。今回、建学の理念に触れ、京都精華大学がマンガ学科を開設したのは偶然ではなく必然だったのだと感じました。そしてマンガを「コミュニケーションツール」として捉え、マンガの可能性を広げて来たのも「表現で世界を変える」京都精華大学だったからに他なりません。

 ところで、今までのnote「大学の特長、ココにあり!」のインタビューはすべてオンラインで行っていました。感染が落ち着いていたこともあり、今回は初の対面インタビューを実施しました。生インタビューのライブ感をお伝えできていたら幸いです。
 この後、「京都国際マンガミュージアム」を見学させていただきました。
こちらよりご覧ください。