見出し画像

『アメリカとの比較で見るリカレント教育』【ブックレビュー#40】

このコーナーでは、大学基準協会職員が自らの興味・関心に基づく書籍等を紹介しつつ、それぞれが考えたことや感じたことを自由に発信していきます。大学の第三者評価機関に勤める職員の素顔を少しでも知っていただけたら幸いです。なお、掲載内容はあくまで職員個人の見解であり、大学基準協会の公式見解ではありません。

 みなさまこんにちは。評価第1課の市川と申します。
昨年より総務企画課から評価第1課に異動し、評価に関する業務は2年目になります。
 本協会にある書庫を眺めていたところ、こちらの書籍が目に留まり、手に取ってみました。

三浦宏一『アメリカとの比較で見るリカレント教育』日本橋出版、2023年

 昨年度は文部科学省の中央教育審議会大学分科会大学院部会を何度か傍聴する機会があり、人文科学・社会科学系の大学院教育改革について議論がなされる中で、リカレント教育やリスキリングの重要性を説くとともに、日本ではなかなか根付かないことへの懸念等について意見が交わされていました。
 なぜ日本で学び直しという概念が広く普及しないのか、さまざまな理由があると思いますが、本書を通じてその点を探っていけたらと思います。

文化・風土の違い

 第1章の冒頭で著者は自身の経歴を振り返っています。著者は公立高校の英語教師として日々過ごす中で学び直しを決意したものの、1980年代の日本ではその概念が普及しておらず、やむを得ず家族と渡米し、アメリカの大学院で修士・博士号を取得した後、文化人類学を専門としてオクラホマ大学で教鞭をとられていたそうです。
 上記の経験を通じて、著者はアメリカでの学び直しの普及度について、アメリカの全州に設置されているコミュニティカレッジ※の存在が関係していることとその特徴について以下のように言及しています。

 アメリカのコミュニティカレッジ(以下CCとする)の特徴を端的に物語る最も有益なデータはその卒業率の低さ(十三%)であろう。文部科学省による日本の大学卒業率は短大も含めて九十六%と言われるから、十三%の数字は日本では理解を超えたものであろうが、実は、これこそがやり直し社会アメリカの特徴、言い換えると日米社会の相違を示す数字なのである。

(84頁)

 日本でのやり直しができなかった筆者が感心したのは、CCの存在しない州は存在しないという事実であった。(中略)CCには無試験で入学でき、授業料も州内居住資格のあるものは無料または減額される。特に感銘を受けたのは、全州にCCが存在すること、それは兵役から帰ってきた若者達の郷里がどこであっても(中略)奨学金を使って再出発の準備ができるためである。

(85頁)

※コミュニティカレッジ:地域住民のための教育機会提供の場として設立された公立の高等教育機関

 ちなみに、上記引用ではコミュニティカレッジのみの数値だったので、アメリカの大学全体の卒業率(修了率)を調べてみたところ、2022年時点の25歳~34歳で51.26%とあり、この数値で比較してみても日本とは大きな差があることがわかります。

OECD(経済協力開発機構)加盟国ごとの高等教育修了者の割合(2022年)
(アメリカの数値は左から14番目)

 数値から見ると、アメリカでは、大学へ行く目的が「卒業する」ことよりも「そこで何をするか」「何を学ぶか」に比重を置いているように感じます。また、兵役があること等、日本とは状況が異なることは前提としつつも、あらゆる事情から学び直しをしたい人を受け入れる体制がアメリカでは整備されていることが窺えます。

 これらの現状を踏まえると、海外の学び直しのあり方をそのまま日本に取り入れることはあまり現実味がないように感じますので、日本に相応な学び直しの形を模索していった方がいいように思います。近年の日本では、社員が大学院で学ぶことを支援する企業も増えており、こうした現状から学び直しについての活路を見出すことができるのではないでしょうか。

富士通株式会社「卓越社会人博士制度」
大学の修士課程の学生を博士課程への進学と同時に富士通の社員として採用し、研究に注力してもらう制度

株式会社メルカリ「mercari R4D PhD Support Program」
社員が博士課程の学生として研究活動に従事することができる制度

自分事として捉えてみて

 学びたいことに多くの時間を費やすことができた大学での日々は、自身にとって貴重な時間で尊いものだったのかもしれないとふと感じることがあり、時々ですが、また学ぶことに熱中してみたい、と思うことがあります。
 そう思いつつも、「もし今から大学院に入れるとしたら?」と想像してみると、「今の業務をしっかりと遂行したい」という考えが一番に来ると同時に「仕事と両立できるのか」「仮に学位を取得できたとしてその後どうするのか」「そもそも金銭的余裕が……」などと思考が迷走し始め、おそらく再び学び舎へ行くことはないだろうと自身の中では完結してしまいます。

 一方、本書ではアメリカ人学生のキャンパスライフを紹介しており、生計を立てるため複数のパートを掛け持ちして働き詰めであったり、軍の退役後のセカンドキャリアに向けて学んでいたり等、さまざまなバックグラウンドを持ちつつ学び直しを実践している様子をうかがい知ることができます。著者と彼らとのエピソード読みながら「こうしたい!」と思ったときは悩まずに行動するという風土がアメリカでは醸成できているのかもしれないと感じました。

 こうした雰囲気については著者の退職時のエピソードで触れられており、退職を報告後に同僚から“Congratulation!”と言われ一瞬動揺したものの「考えてみれば、これこそ、人々がよりよい機会(a better chance)を求めて流動するアメリカ社会、そしてアメリカン・ドリームを可能にしている価値観とシステムを象徴する言葉のひとつだったのである」(120頁)と振り返っています。

終わりに

 著者は、学び直しにあたって、後悔しないように「『やり直しをしない』という選択肢はない」(51頁)と判断してから渡米したと述べていますが、退路を断つぐらいの強い意志で学び直しを選択するということ自体が、日本において「学び直し=重い決断」という認識が強くあることの現われであると、本書を読みながら感じました(アメリカにおいても必ずしも誰でも気軽に学び直しができるというわけではないと思いますが……)。

 学び直しは、結婚や出産、介護等で離職していた人の再就職につながる側面もあるため、あらゆる人の生き方の選択肢を広げていくためにも、さまざまな学びの体系が根付いていくことを願うばかりです。

 本書では、リカレント教育の最新事情のほか、著者が実際にアメリカの大学で体験したことが会話形式で紹介されているユニークな章もあり、リアルな会話を通じてアメリカと日本の大学での学びに対する姿勢の違いをうかがい知ることができます。学び直しに迷われている方はご一読してみてはいかがでしょうか。

この記事が参加している募集