大学の特長、ココにあり!#9「聖路加国際大学における市民中心のケア事業」
取材にあたって
聖路加国際大学では、「キリスト教精神に基づき、看護保健・公衆衛生の領域において、その教育・学術・実践活動を通じて、国内外のすべての人の健康と福祉に貢献することを目的とする」という大学の理念・建学の精神に基づいたさまざまな教育活動を展開しています。
今回はその精神の具現化に向けて、PCCという新たな概念を基盤に展開される「聖路加健康ナビスポット:るかなび」や「ナースクリニック」といった取組み、またそこで得た知見を生かした国際連携に関する取組みについて取材します。
今回取材する取組みについて
(2021年度「聖路加国際大学に対する大学評価(認証評価)結果」より抜粋)
聖路加国際大学の設立と理念・建学の精神について
――まず初めに、聖路加国際大学はどのような経緯で設立されたのでしょうか?
大田教授(以下、「大田」):1901年にアメリカの聖公会の宣教師であり医師であったルドルフ・ボーリング・トイスラー博士が来日して創設した聖路加国際病院が本学のはじまりです。
その後、日本の医療水準を向上させるべく看護教育の充実を目指し、1920年に聖路加国際病院附属高等看護婦学校が誕生しました。そして、1964年には「聖路加看護大学」の名称で4年制の大学になりました。
看護教育をスタートさせてから、2020年で100周年を迎えています。
――ルドルフ・ボーリング・トイスラー博士は、どのような想いで貴大学を設立したのでしょうか?
大田:宣教師であったトイスラー博士は、職業訓練のみを行う学校を設立するのではなく、社会性を備えて人間と社会を理解することができる看護師を育成すること、そして、その過程でキリスト教の精神を具現化することが目的の一つでした。
こうしたことから、本学は「キリスト教精神に基づき、看護保健・公衆衛生の領域において、その教育・学術・実践活動を通じて、国内外のすべての人の健康と福祉に貢献すること」を目的とし、国家試験受験資格の取得や特定医療機関の看護師を養成するだけでなく、キリスト教精神に基づいて愛を込めた看護を行いながら、看護界を担うことのできるリーダーの育成を目指しています。
――今回取材する各取組みの実施にあたって、貴大学の社会連携に関する組織や方針等について教えてください。
大田:本学では、学生・教職員の国際化を推進している国際連携室、地域・市民とともに行う各事業などを実施し地域連携を促進しているPCC開発・地域連携室、WHOと計画した活動を実施しているWHO Collaborating Center(WHOCC)の3つで構成される「国際・地域連携センター」を設置しています。
本センターは、本学の理念に基づき、グローバルヘルスへの貢献、そして日本の医療の世界発信、医療人としての国際的な視野の涵養、健康問題や市民とのパートナーシップに基づく研究活動・地域連携活動等を実現することを目的に設置されました。組織内の有機的な連携体制のもとで、国際展開を図るための施策を企画・立案・実施しています。
PCC(People-Centered Care) に関する取組みについて
――貴大学ではさまざまなPCCに関する取組みがなされていますが、そもそもPCCとはどのような概念なのでしょうか?
射場准教授(以下、「射場」):PCCとは、市民が主体となり、保健医療専門職とパートナーシップを組んで個人や地域社会における健康課題の改善に向けて取り組むことを指します。この概念が生まれた背景は、現代の少子高齢化の進展や人々の健康格差に影響するさまざまな社会情勢によって生じた多様な健康課題にあります。しかし、こうした課題を医療者主導で行う従来のケア形態で解決するには限界がありました。
そうした中で、看護や保健医療の主人公は、地域で生活を営む市民・当事者の一人一人であると考え、市民が保健医療専門職と協働しながら、自分の健康生活を創り、自分の健康を守っていく市民主導型の健康生成に着目し先駆的に取り組んできました。
――PCCに関する活動を推進する貴大学の仕組みづくりについてお聞かせください。
射場:2003年に、社会の動向に伴い生じている健康課題を看護の視点でグローバルに捉え、科学的根拠を集積し、PCCを主軸とした看護実践を開発・研究することを目的に、当時の聖路加看護大学看護実践開発研究センターにPCC実践開発部門が開設されました。現在は組織編成を経て、「国際・地域連携センター PCC開発・地域連携室」となり、PCCの研究開発及び実践研究の支援とともに、地域・市民と共に行うさまざまなPCCの実践事業を支援する事務局としての役割を担っています。
看護学の研究課題は実践の場から生まれ、その研究成果は実践の場である地域社会に還ることが重要なので、PCC開発・地域連携室では、この循環を推進する仕組みを作り、さまざまな活動を行っています。
①「聖路加健康ナビスポット:るかなび」について
――PCCの取組みの1つである「聖路加健康ナビスポット:るかなび」では、どのような活動を行っているのでしょうか?
中村マネジャー(以下、「中村」):2004年に設立された「るかなび」は、市民一人一人が主体的に自分の健康を創り守る社会を目指して、主に健康に関する情報提供サービスを行う拠点となっています。
具体的な活動内容としては、まず図書閲覧サービスがあります。現在は約3,000冊の医療系の図書や闘病記、雑誌等を取り揃えており、市民の方が自由に閲覧することができます。
また、健康チェックや健康相談として、自分の健康状態を把握し、常駐する看護師とともに生活の振り返りを行ったり、健康課題の解決の道を模索したりもしています。
他にも、適切な情報を届ける健康講座や心を癒すミニコンサートなどを行っています。
こうした活動は、聖路加国際病院の登録ボランティアグループの方と一緒に企画・運営を行っています。
――学生はどのように関わっているのでしょうか?
射場:1、2年生の選択科目として「サービスラーニング」という授業があります。この科目は、地域社会のニーズに沿ったボランティア活動に参加し、市民としての責任感を学び健康な社会づくりに貢献することを目指しています。学生たちが実際に市民の方と対話し、地域社会における市民の立場を体験し、ボランティア活動を通して、地域社会全体のニーズを学ぶプログラムを提供しています。その中には、「るかなび」のボランティア実習があり、利用する市民の方のニーズ把握や、市民の方が気軽に立ち寄れる環境づくり等を看護師とともに考えています。
実習を終えた後も引き続き「るかなび」でボランティア活動を続ける学生もおり、科目を超えて、学生が積極的に関われる場になっています。また、必修科目のPCCN論(People-Centered Care Nursing論)でも「るかなび」を活用して取り組む課題があり、ほとんどの学生が何らかの形で「るかなび」に関わっています。
――市民の方の利用状況や利用者の声についてはいかがでしょうか?
中村:年間利用者総件数を見ると、4,000人以上の方が利用してくださっています。昨年や一昨年はコロナ禍でイベントを休止した関係で減少しましたが、その間はウェブ相談やSNSによる情報提供等に力を入れました。現在は感染防止対策をしながら市民にとって有用な講座を再開し、利用者が増えている状況です。
利用者の中にはリピーターもいて、看護師に質問をしながら自分が必要な情報等を調べていた方が、徐々にご自身で調べられるようになり、その後も定期的に「るかなび」に来られるケースも見受けられ、私たちが目指す市民が主体となった健康生成の形が見られるようになっています。利用者の満足度調査でも、おおむね高い結果が得られています。
②「ナースクリニック」について
――PCCの取組みの1つであるナースクリニックでは、どのような活動を行っているのでしょうか?
中村:ナースクリニックは、多様な健康課題を持つ幅広い世代の地域の方を対象にした健康支援事業で、教員が事業主という形で、それぞれの専門領域についての支援事業を研究開発し、市民と共に取り組む活動です。
現在は10以上のPCC事業があり、人々が交流し、市民同士で支え合う活動を支援する事業(「家で死ねるまちづくり はじめの一歩の会」)や、地域に暮らす小学生と高齢者を対象とした多世代交流型デイプログラム(「聖路加 和みの会」)、健康情報の探し方・選び方等を学ぶ「ヘルスリテラシー講座」等があります。
――ナースクリニックにはさまざまな事業がありますが、利用者の声や利用状況についてお聞かせください。
中村:「家で死ねるまちづくり」には年間120名程度の利用者があり、「自分たちの経験が共有できる」「死について語り合う機会になっている」、といった声が挙がっています。「和みの会」では年間100名程度で、「社会とのつながりを持つ機会になって楽しい」といった声をいただいています。
また、「ヘルスリテラシー講座」は少人数での参加型プログラムで、「インターネットや書籍等であふれる情報の中から、適切な健康情報を見極めるコツを学べる」「実際に職場で活用している」というフィードバックがありました。
どの事業も本来は対面で行っていたので、コロナ禍では、安全第一を考え休止している活動もありますが、オンライン講座に置き換えて実施しているものもあり、それぞれの事業主が工夫して行っている状況です。
③国際連携について
――貴大学では国際連携にも力を入れていらっしゃいますが、PCCを通じた国際連携に対する貴大学の方針等を教えてください。
大田:本学では多言語、多文化社会においてPCCをもって健康を支援できる、障壁克服型のグローバル人材育成やSDGsへ貢献することを目指しています。
人々の真の健康ニーズを理解するためには、このPCCの概念を基盤に健康を支援できる実践力を身に付ける必要があります。それを可能にするために、コミュニケーション能力を養い、チャレンジ精神を持って自分に合ったキャリアを構築し続ける力を身に付けてほしいという想いのもと、海外留学プログラムや奨学金制度を備えています。
――上記の方針のもと、実際にはどのような国際連携を行っているのでしょうか?
大田:本学には、「WHOプライマリーヘルスケア看護開発研究センター」を設置しており、1990年からWHOのコラボレーティングセンターとして登録されています。コラボレーティングセンターとは、WHOが掲げる健康目標達成のために必要な専門的助言や技術協力を行う施設で、現在は世界の看護・助産関連の大学や機関から44機関(日本は2機関)が指定されています。
本センターでは、PCCの実践・研究開発を一つの目的としており、人々の健康をより良くしていくために、実践や研究開発についてWHOと協力しながら活動しています。
現在は、フィリピンのWHOの担当官がプライマリーヘルスケア及び患者安全を統括されていることから、PCCを用いた医療安全について検討を進めたり、タンザニア、インドネシア、ミャンマー、ラオス、フィリピンと共同研究を行ったりしています。
――学生はどのように関わっているのでしょうか?
大田:コロナ禍によって留学は一旦すべてストップしましたが、10以上の海外留学プログラムを用意しています。例えば、「サービスラーニング」科目の一部として単位認定しているアジア支部サービスラーニングプログラムでは、地域社会や海外のコミュニティでボランティア活動を通して社会への貢献と市民の一員としての責任を学ぶことを目的としたプログラムです。
今後の展望
――PCCに関する取組みについて今後の展望をお聞かせください。
射場:現在、聖路加は病院と大学が同一組織となったことで、常勤の看護師がPCC開発・地域連携室にも配属され、病院と「るかなび」間の連携がスムーズにできるようになり、市民の方々にとって利用しやすい環境になってきています。
今後も「るかなび」がその時代の市民の健康ニーズに沿ったサービスを提供していけるよう、市民や地域と共に取り組み、市民一人一人が自分の健康を創り守る力を身に付けて、自分の望む人生を送っていけるように支援していきたいと考えています。市民一人一人の力が周囲を変え、社会を変え、最終的にはPCCによる社会変革を目指したいと思っています。
大田:市民がエンパワーメントされて社会変革を起こすことを目指しているのはPCCの特徴的な概念であり、これを社会に根付かせていくことが私たちの役割だと思っています。
WHOも世界中の病院に市民の声を反映させる仕組みを作ろうとしているので、それが当たり前の社会になっていくことを期待しています。
また、PCCの理念に基づいて実施されていないことがまだまだたくさんあると思うので、我々がもっと患者さんや市民の方の声を取り入れ、その方々をサポートして市民主導の社会変革を起こし、よりよい社会になっていくように願っております。
中村:まだまだ市民主導になっていくのは難しい現状があると思いますので、専門職とつながる場や、その人にとって適切な情報を得られる場を市民の方にもっと知ってほしいと思っています。今後は、学生の力も借りながら広報にも力を入れ、「るかなび」やナースクリニック等をより多くの市民の方に活用していただき、PCC事業を一緒に発展させていきたいと考えています。