「熊本県立大学における『地域づくりのキーパーソン』を育成する学部横断型教育プログラム」|大学の特長、ココにあり!#15
取材にあたって
熊本県立大学では、「総合性への志向」「地域性の重視」「国際性の推進」を理念とし、「地域に生き、世界に伸びる」をスローガンとして掲げ、地域社会、ひいては国際社会の発展に貢献できる人材の育成を目指しています。
今回は、「地域性の重視」の実現に向けて、地域づくりのキーパーソンとして地域の人々と協働して課題解決に取り組む人材を育成するための「もやいすと育成プログラム」、グローバルな視点を持ち、地域課題に柔軟に対応できる人材を育成するための「もやいすとグローバル育成プログラム」についてお伺いしました。
今回取材する取組みについて
熊本県立大学の設立と理念について
――はじめに、貴大学が設立された経緯や沿革について教えてください。
山田(敬称略、他の方も同じ):本学は、1947年に創立された熊本県立女子専門学校を前身とし、2年後の1949年に熊本女子大学として開学しました。その後1994年に共学化されて熊本県立大学に名称変更し、現在に至ります。その際、社会科学系の総合管理学部を新設し、既存の文学部、生活科学部(現在の環境共生学部)と併せて社会科学系・人文科学系・自然科学系の3つの学問領域をカバーする教育体制を整えました。
――つづいて、貴大学の理念「総合性への志向」「地域性の重視」「国際性の推進」について教えてください。
山田:「総合性への志向」についてですが、共学化した際、3つの専門教育の柱ができたのを機に教養教育も改編しました。学生は3つの領域から幅広く授業科目を受講し、総合的な知の形成を目指します。
「地域性の重視」と「国際性の推進」については、本学は「地域に生き、世界に伸びる」をスローガンとして、「地域性」と「国際性」の両立を目指しています。県立大学の使命の一つは「地域性」ですので、学生は授業の中で地域社会と共同しながら地域の課題を解決する力等を養います。また、同時にグローバル化に対応できる知識やスキルを身に付けることで、スローガンに掲げている人材の育成に努めています。
「地域性の重視」の具現化の方法は後でお話しする「もやいすと育成プログラム」にて、「国際性の推進」は「もやいすとグローバル育成プログラム」にてお伝えします。
「もやいすと育成プログラム」について
――理念の実現に向けて、「もやいすと育成プログラム」を導入されていらっしゃいますが、そもそも「もやいすと」とはどのような意味なのでしょうか?
津曲:「もやい」とは、もともと船と船をつなぐことで、そこから転じて共同で何かを行うという意味があります。とりわけ熊本県では、水俣病の発生で壊れてしまった自然と人、あるいは人と人の絆の再構築を「もやい直し」と言うことがあります。その「もやい」と「~する人」の「-ist」から、本学では地域づくりのキーパーソンを「もやいすと」と呼んでおります。
――なるほど、「もやいすと」は貴大学の造語なのですね。では「もやいすと育成プログラム」とは具体的にどのようなものなのでしょうか?
津曲:本学の理念の1つである「地域性の重視」を体現し、地域づくりのキーパーソンを育成する、本学独自のプログラムが「もやいすと育成プログラム」です。
この育成プログラムは、もともと2005年に自主プログラムとして開設しましたが、2014年に文部科学省「地(知)の拠点整備事業」※に選定され、翌年以降1年生の「もやいすとジュニア育成」を全学生の必修科目としました。
「もやいすとジュニア育成」には、フィールドワークを通じて地域課題の発見を促す「もやいすと(地域)ジュニア育成」と、被災時に役立つ実践的なワークショップを行いながら防災意識を高め、災害時の対応などについて学ぶ「もやいすと(防災)ジュニア育成」があり、学生はこのいずれかを選択して履修します。その後、2年生の「もやいすとシニア育成」では、地域課題の解決に向けたスキル、例えば地域づくりのキーパーソンとして必要なファシリテーションの技法や、地域調査の技法などについて学びます。
2015年に入学した1年生が「もやいすと育成プログラム」1期生なのですが、彼らが2年生になった2016年4月に熊本地震が発生しました。震源地の益城町に近い本学キャンパスには被災した学生とともに多くの周辺の住民の方が避難されてきて、本学では急遽避難所を開設することとなりました。そこで自らも被災した学生達がボランティアとして自主的に支援活動を行いました。1年生の時の「もやいすと(防災)ジュニア育成」で避難所の設定などを学んだ経験が発揮されたのかもしれません。また、その年の「もやいすと(防災)ジュニア育成」では、1年間継続的に益城町に入って支援活動を行いました。
※地(知)の拠点整備事業:
地域社会の中核的存在としての大学の機能を強化するため、地域社会と連携して教育・研究・社会貢献を進める大学に対して、文部科学省が補助金を支給し、支援する事業。
――プログラムを通じて、どのような能力が身に付くのでしょうか?
津曲:プログラムの受講前と後に調査したところ、フォロワーシップ、リーダーシップ、自律性、批判的思考力、感情制御能力などの汎用的な力が向上していることが数字で明らかになっています。また、5名の学部混合のグループで活動することが学生たちにとって良い刺激になっているようです。実際に学生からは、「普段接することのない他学部の友達ができた」、「学内で周囲との関係性が変わった」、「他学部の学生と活動することで違った視点を得た」といった話を聞きました。
この学部横断型のプログラムにより、さまざまな価値観に触れながら共同することを通じて、異なる分野や考えの人たちと仕事をする時に役立つ能力を身に付けているのではないかと思います。
――プログラムを修了した学生からは、どのような感想がありましたか?
津曲:「もやいすと(地域)ジュニア育成」を受講した学生からは「熊本という地域についての理解が深くなった」との感想が寄せられています。例えば、プログラムの1つに「阿蘇の草原の維持」というテーマがあります。実際、草原は自然にあるものではなくて人工的なものなのですが、人の手が加わらないと草原は維持されない、ということを学生はこの時初めて知るようです。受講後、ニュースなどでも地域の話題を積極的にチェックするようになったという感想も寄せられています。
また、「もやいすと(防災)ジュニア育成」に参加した学生は、「被災した仮設住宅に住む人たちの声を聞いたり、私たちが何かできることはないかと考えたりすることはとても大切なことだと思う。今後は行動に移していきたい」と話していました。
「もやいすとグローバル育成プログラム」
――2020年度より新たに「もやいすとグローバル育成プログラム」を始められたそうですね。この導入の経緯についてお聞かせください。
レイヴィン:本学が掲げる「地域に生き、世界に伸びる」というスローガンの「地域に生き」あるいは理念「地域性の重視」については「もやいすと育成プログラム」で達成しつつありましたが、「世界に伸びる」と理念の「国際性の推進」という面をさらに強化したいと考えていました。
そこで2020年に、グローバルな視点を持ちながら、地域の課題にも柔軟性を持って取り組める学生を育成するプログラム「もやいすとグローバル育成プログラム」を導入しました。
――プログラムの具体的な内容や特長について教えてください。
レイヴィン:プログラムの一番の目的は、英語の能力やコミュニケーション力の強化です。そのため、このプログラムを受講する学生は、一般の学生よりも多くの英語の授業を受講します。プログラムの1つ「もやいすとシニア(グローバル)育成」では、外国人留学生と共に日本語使用禁止の合宿を行います。この経験により、英語で意思疎通を図る力や、英語でディスカッションやプレゼンテーションできる能力が養われます。
また「Kumamoto Studies」という科目は英語で熊本について学ぶ授業ですが、熊本でビジネスをしている外国人、熊本出身でグローバルに活躍している日本人をゲスト講師として招聘しています。
3年生の「グローバル実践活動」ではプログラムの集大成として、カンボジア等で数週間、インターンシップを行います。現地の文化を体験したり、学校などを訪問しインタビューを行うなど、様々な経験が学生を一層成長させます。ユニークなところでは現地のコオロギを使った食品(プロテインパウダー)を作るメーカーに行き食料問題について語ったり、首都プノンペンの大学で現地の学生と交流し、日本のお祭りを開催して日本の文化を紹介したりといった活動をしています。
――「もやいすと育成プログラム」や「もやいすとグローバル育成プログラム」の修了者を認定する制度があるそうですね?
津曲:「もやいすと育成プログラム」の講義などを受講すると獲得できるポイントが一定数に達した学生は、「もやいすとスーパー」の称号を申請することができます。教授会などで審議、認定された学生には学長より「もやいすとスーパー」の称号が授与されます。
レイヴィン:「もやいすとグローバル育成プログラム」の方は、指定した科目の履修と語学能力検定試験の点数で「もやいすとシニアGlobal」、「もやいすとスーパーGlobal」の称号を授与しています。3年前に開始した新しい制度ですが、今年は「スーパーGlobal」認定者が3名出ました。
「スーパー」の認定を受けるための語学試験の条件は厳しく、初代受講者から3名も達成したことは大変喜ばしく思っていますが、何より、学生がこの活動を通して自信を得たこと、大きく成長したことを嬉しく思っています。学生生活に何か物足りなさを感じて「もやいすとグローバル育成プログラム」を受講した学生が、プログラムを通じて目標を得て、就職活動でカンボジアでの経験を生き生きと話したと聞きました。このプログラムで英語はもちろん、日本語におけるコミュニケーション能力も確実に身に付いたのだと思います。
今後の展望について
――プロジェクトに関する今後の展望をお聞かせください。
山田:「もやいすと育成システム」は、地域性と国際性を学生に意識させて、地域社会、あるいは国際社会の発展に貢献できる創造性豊かな人材を育成するものですが、同時に共同力やチーム力といった汎用的な能力も身に付けることができる教育システムです。本学の学部の枠を超えた教養教育の柱になっていますので、養った能力を社会に出た時に生かせるよう、今後も引き続きこの教育システムには力を入れていきたいと思います。
コロナが少し落ち着いてきたことで、熊本にも海外からの観光客も増えてきており、国際色が戻りつつあります。さらには昨年、海外の半導体関連企業が誘致され、県のグローバル化が進み、今後地域性と国際性がより高まっていくことが期待されています。学生が身に付けた能力を実社会で発揮できるよう、プログラムに改善を加えつつ、さらに力を入れていきたいと思っています。
取材を終えて
今回は熊本県立大学の理念の1つである「地域性の重視」を体現し、地域の人々と協働して課題解決に取り組む人材を育成する「もやいすと育成プログラム」と、「国際性の推進」というもう1つの理念を体現した「もやいすとグローバル育成プログラム」についてお話を伺いました。先生方の「学生ファースト」の様子が印象的で、このプログラムで大学と地域、また学生同士が「もやい」を深めていく様子が目に浮かびました。山田先生の「地域性の重視は県立大学の使命でもある」という言葉も沁みました。
国際性をも身に付けた「地域づくりのキーパーソン」である卒業生が、今後どのように活躍されるのか楽しみです。