JUAA職員によるブックレビュー#18
こんにちは。評価研究部国際企画室の伴野と申します。
大学基準協会に入局して12年目となりますが、大学及び大学院では心理学を専攻し、実験とレポートをこなす日々を送ってきました。
今回は、論文執筆のために専門書を読むという生活を送っていた学生時代、このような本に出会えていたら、また違った考え方ができたのでは、と思わされた一冊をご紹介します。
著者の苫野氏は兵庫県出身の哲学者・教育学者で、熊本大学教育学部准教授を務められています。理解しやすい文章で書かれた哲学や教育についての本を何冊も執筆されています。
本書もターゲットとしては大学生を想定して書かれておりますが、高校生、中学生でも理解できる内容となっております。
さて、本書の章立ては第1章から第3章で、第1章が「読書の効用」、第2章が「読書の方法」、第3章は「レジュメ(読書ノート)」の作り方という構成になっており、読書をするとどんないいことがあるのか、また、どう本を読めばいいのかが第1、2章で論述されます。第3章については、著者が作成しているレジュメ(読書ノート)の作成方法を紹介していますが、これについては敷居が高いと感じる部分がありますので、本稿では詳述いたしません。
まず、第1章において、読書の効用として挙げられているのが、「クモの巣電流流し」です。著者はこの言葉の意味を、頭の中に教養のウェブ(クモの巣)を張り巡らせ、そこに閃きの電流を流すことと説明します。自分が興味を持った事柄について、面白いように知識が繋がっていくというのは、誰しも経験したことがあるものと思います。
次に、「読書も経験の一つ」であるということが論述されます。水泳の理論書だけを読んでいても泳げるようにはなりませんが、もっと速く、もっと上手に泳ぎたいと願う人にとって、水泳の理論書を読む経験は、まさに直接経験を拡張してくれる豊かな経験になるというものです。これについても、異議を唱える方はいらっしゃらないところでしょう。
さて、この直接経験と読書についての話の中で、著者の提唱する概念の一つである「一般化のワナ」というものが登場します。
人は誰しも、自分の経験に基づいて行動するものですから、自らが培ってきた経験則のすべてを否定するものではありません。しかし、過度な一般化による決めつけは思考停止と同質のものであり、自分が一般化のワナに陥ってしまっていないか、自らの思考を律していくべきであると感じます。
次に、第2章の読書の方法においては、興味の網を思い切り広く投げ、それに引っかかるものを手当たり次第に引き寄せる「投網漁法」や、関心のあったテーマや著者の本をとにかく読み漁る「一本釣り漁法」の紹介、司書の活用、速読の問題等、いくつかの項があります。そのなかでも非常に参考にすべきと感じたのが、章の最後に語られる「信念補強型の読書」と「信念検証型の読書」についてです。
この2つは、著者の師匠である竹田青嗣の言葉であり、「信念補強型の読書」とは、自分の信念に都合のいいように本を読んでいくこと、それに対し、「信念検証型の読書」とは、自分の信念や考えは本当に正しいのか、妥当性を持っているのかを、自分で自分を厳しく検証しながら本を読むこと、と説明されます。
あるトピックスに関して、インターネットを開けば皆がどう考えているのか、どう感じているのかをすぐに知ることができます。ただし、意見の違う人たちと建設的な議論を行うことは、かなり難しいと言わざるを得ません。ある一つの議題があったとしても、あるスレッドでは賛成の意見で埋め尽くされており、そこに反対の意見を書き込もうものなら、袋叩きの様相を呈します。これは逆もまた然りです。建設的な議論ができないのであれば、自分と反対意見のスレッドには近付かなくなり、自分の意見・信念と異なる人たちとは交わることもなくなります。
現代のこうした状況にあって、「信念検証型の読書」は、ますます重要性を増してくるものと感じます。意見・信念に重大な瑕疵があったとしても、耳通りの良い意見ばかりを聞いていては、それに気付くことはできませんし、反対意見について考えることが、結果的に自身の意見・信念を更なる段階へと昇華させるきっかけにもなり得ます。
今回ご紹介した内容は本書の一部となりますので、少しでもご興味を持っていただけましたら、是非お手にとってみてください。