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『専門職養成の日本的構造』【ブックレビュー#35】
このコーナーでは、大学基準協会職員が自らの興味・関心に基づく書籍等を紹介しつつ、それぞれが考えたことや感じたことを自由に発信していきます。大学の第三者評価機関に勤める職員の素顔を少しでも知っていただけたら幸いです。なお、掲載内容はあくまで職員個人の見解であり、大学基準協会の公式見解ではありません。
評価第2課の佐藤(圭)です。昨年4月に評価第2課へ異動してから早1年が経とうとしています。
評価第2課では、専門職大学院の認証評価と分野別評価(獣医学、歯学)を担っていますが、両者に共通するキーワードは「専門職」です。
そこで、今回はこの本を手に取りました。
橋本鉱市編著『専門職養成の日本的構造』玉川大学出版部、2009年
本書の構成
本書は、「はじめに」、第一章~第一二章、終章からなります。第一章は「本書の分析枠組みと概要」であり、第二章から第一二章までは、章ごとに医師、法曹、大学教員、看護師、管理栄養士、社会福祉士等の具体的な専門職ごとの分析にあてられています。そして終章には総括的な内容の「専門職養成の日本的特徴」が置かれています。
本書全体を満遍なく紹介する紙幅はありませんので、本稿では第一章と終章の内容をかいつまんでご紹介したいと思います。
専門職養成のプロセスと「レジーム」
まず、第一章では「専門職」の定義についてその変遷等を概観したうえで、本書における定義を「『高度に専門化した分野を基盤とする職業に限定するよりも、はるかに幅広』な視野の下に、『その職への就職が高等教育機関からの卒業証書を有する者に限られている職業のすべてを指す』という緩やか」(13-14頁)なものとすることが述べられています。
そのうえで、専門職養成の量と質の二側面において、高等教育や資格試験の果たす役割の重要性について説明がなされた後(14頁)、量と質のバランスの問題が専門職側にとっていかにクリティカルなものであるかについて、次の指摘がなされています。
つまり、量が過剰であれば内部のセグメント化が露になり、身分格差も生じて集団的な結束力が脆弱になると同時に、経営的な競合が過熱して共倒れとなりかねない。逆に質の安定を図るために量を絞れば集団(圧力団体)としての影響力を行使することができず、また個々の現場業務に支障をきたしてサービスが低下し、顧客を失いかねない。したがって、量と質の微妙なバランスをはかる、すなわち安定的な供給量と高い品質を保証・維持することが、ある職業団体が専門職として離陸するためのきわめて重要なマイルストーンとなるのである(橋本二〇〇六)。
また、現代の専門職は大学、病院、法律事務所、特養施設、学校などの「箱モノ」なしには基本的には成り立ちえず、「箱モノ」における現場採用の際に働く意図や思惑も専門職の量と質を左右することが述べられています(15-16頁)。
つまり、専門職の養成には「高等教育―資格試験―現場採用」という三段階のプロセスが想定されるということで、さらに、そのプロセスごとに大学、国家(政府)、市場の三者が専門職の質と量のコントロールを目指して確執や競合を繰り返す「レジーム」が存在することが指摘されています。また、大学、国家(政府)、市場それぞれも決して一枚岩ではなく、各セクターの内部で政治的な葛藤と調整が図られていることも想定されています(16-18頁)。
大学・国家・市場の間のギャップ
以上を踏まえ、専門職養成のプロセスにおける①「大学養成(卒業生)数」、②「資格認定数(国家免許取得者数)」、③「現場採用数」の間のギャップの諸相を分析する本書の意義について、次のように述べられています。
ギャップはどの段階で生じているのか、次になぜギャップが生まれるのか、またその際の「数」は誰がどのように決定しているのか、といった論点が浮かび上がってくるだろう。そして本書では、このギャップにこそ、レジームを構成する大学、国家、市場それぞれの意図と影響力の齟齬と確執が現出すると想定し、そのギャップを考察することで、当該専門職養成のレジームの歪み=権力の重心=養成をめぐる「国家・大学・市場」三者のヘゲモニー闘争が分析できると考えている。
終章では、上記の問題意識のもとに書かれた各章の議論を受け、各専門職の数のギャップの所在について次のような整理がなされています。
(1)一連の養成プロセスにおいてギャップが生じない(とみなされている)職種
・医師、薬剤師、看護師など(主に医療マンパワー)
(2)大学卒業生と資格試験制度、もしくは試験制度と現場採用数との間にギャップが生じる職種
・法曹、技術士、管理栄養士、社会福祉士(主に新興専門職)
(3)現場採用段階にギャップが生じる専門職
・初中等教員や大学教員(主に教育系専門職)
このようなギャップの所在の相違は、ここではその詳細に立ち入ることはしませんが、養成プロセスの統制化(=確立)の度合いに依存することが指摘されています。なお、「ギャップの把握が難しく養成プロセス全般にわたって数を統制できない職種」の代表例として、ビジネスプロフェッショナルが挙げられています(244-255頁)。
1990年代後半以降のレジームシフト
また、戦後日本の専門職養成の歴史的な展開について見ると、「共通のパターンは見出しにくく、職種により様々な権力バランスが図られていたというのが実情」(248頁)であるものの、1990年代後半以降に「権力バランスがレジームの中央へとシフト」(同上)してきていることが指摘され、そのことついて、以下のような整理がなされています。
このことは、重心が市場側と大学側に引き寄せられてきていることを意味している。市場を構成する様々なアクターの、専門職養成に対する要求の声が、コスト面からもニーズの面からも高まってきていることは各章の考察からも明らかである。また専門職教育の持つ意義と機能が拡充して、大学セクターも養成プロセスに大きな影響力を持つようになってきている。こうしたシフトの大きな契機となったのは九〇年代初頭からの大学(院)教育の改革と整備であることは間違いない。
このようなレジームシフトののち、現状ではレジーム内のバランスが不安定化し、「多様なイシュー・ネットワーク的な枠組みに変容しているのではないか」(250頁)との推測が示されています。また、大学―国家―市場というレジームそれ自体についても、戦後の福祉国家形成・発展期の体制であるともいえることから、脱福祉国家が志向されている現在においては、各セクターの動向に注目しながら、修正を施す必要があることも指摘されています(同上)。
終章はさらに「課題と展望」が述べられていますが、そこで示された問題意識をもとに、本書の続編として、同じく橋本氏の編著により『専門職の報酬と職域』(玉川大学出版部、2015年)、『専門職の質保証 初期研修をめぐるポリティクス』(玉川大学出版部、2019年)の2冊の書物が上梓されていますので、ご興味のある方はこれらも手に取ることをお勧めします。
本書を読んでのまとめ
さて、ここまで本書の内容を駆け足で紹介してきましたが、今回本書を読むことで、「専門職」の養成プロセスやレジームの多様性に改めて向き合うことができました。大学団体であって専門職団体ではない本協会は、各専門職の最新動向が事務局内に自然ともたらされるわけではありません。各分野の動向に対し常にアンテナを張っておくとともに、各分野の評価委員会はもちろん、関係団体と事務局との連携を一層適切に図っていくことが重要だと思わされました。
また、専門職大学院制度や認証評価制度は上記で紹介したレジームシフトのなかで導入された制度ですが、それが意味するところについても考え直すことができました。橋本氏は本書執筆時点において、専門職大学院制度について「今後本格化する認証評価を通じて、制度自体もまた見直しが必要になってくるだろう」(249頁)と述べています。これに我々がこれまでどの程度貢献できたのか、今後我々はどのような形で貢献できるのか、絶えず自問していかなければならないでしょう。
そして、時に大きく変動する大学、国家、市場というセクター間のパワーバランス、そして各セクター内の葛藤等に是々非々で対峙しながらより良い評価の在り方を模索することのスリリングさに、この仕事の醍醐味があるのではないかと改めて認識した次第です。