大学の特長、ココにあり!#11「近畿大学における地域や企業の特色を生かした産官学連携の積極的展開」
※「産官学連携」・・・企業(産)・行政(官)・大学等(学)が連携して研究開発や商品開発等を行うこと
取材にあたって
近畿大学では、「実学教育」と「人格の陶冶」という建学の精神に基づき、社会連携や社会貢献につながる産官学連携が積極的に展開されています。
今回は、養殖産業の発展に寄与するクロマグロの養殖や、地元企業と連携した商品開発、そして、それらを管轄する「リエゾンセンター」の取組みを中心にお伺いしました。
今回取材する取組みについて
(2021年度「近畿大学に対する大学評価(認証評価)結果」の長所より抜粋)
近畿大学の設立と建学の精神について
――まず始めに、貴大学が設立された経緯や建学の精神に込められた想いについて教えてください。
渥美副学長(以下、「渥美」):本学の世耕弘一初代総長は、一度は経済的な理由で進学を断念した経験から、「学びたいものに学ばせたい」「医学部から文学部まで全学部を揃えたい」という総合大学の設立に向けた想いがありました。こうした熱意のもと、総合大学の実現に先駆け、1925年設立の大阪専門学校、1943年設立の大阪理工科大学を1949年に合併し、新制大学として本学が設立されました。設立以降、さまざまな新しい学部が設置され、現在は15学部49学科を持つ総合大学として発展しています。
また、「実学教育」と「人格の陶冶」という本学の建学の精神には、「学問・実際一如の有機的教育の徹底を建学の精神とし、特に魂の啓培に力を注ぎ、堅実な思想を持つ有為な人材養成を目的とする」という世耕初代総長による本学創設のビジョンが反映されています。
こうしたビジョンが込められた建学の精神を実現すべく、本学は社会に役立つ研究、そして社会を支えていく人材育成を教育研究活動の基礎に据えています。
――貴大学では社会連携・社会貢献の取組みが積極的に展開されていますが、何かきっかけがあったのでしょうか?
伊藤特任教授(以下、「伊藤」):建学以来、本学は社会との関わりを大切にしてきましたが、2011年の東日本大震災をきっかけに社会貢献に対する想いがより一層強まりました。
実は、本学には原子力研究所があります。震災当時、福島県の放射能被害の報道を受け、学内で本研究所の研究成果を活かすべきではないかという声が上がり、復興の一助となるべく実際に教員が現地へ伺い、ガラスバッチという放射線量測定器を配付しました。
こうした経験から、本学の研究成果を社会貢献につなげることの重要性を再認識し、全学的に企業や行政と連携して研究活動等を行う「産官学連携」に注力するようになりました。これに伴い、大学が一丸となって社会形成に寄与することを目的とした「社会連携・社会貢献に関する方針」も策定しました。
――上記の方針のもと産官学連携を実施していますが、円滑に推進するためのポイントは何でしょうか?
伊藤:本学では「リエゾンセンター」が産官学連携を管轄していますが、自治体との産官学連携については、「社会連携推進センター」が中心となる場合もあります。
このように、「リエゾンセンター」を中心としつつ、より地域連携に特化した活動は「社会連携推進センター」が担当するなど、両センターが相互に協力しながら進めていることが、全学的に一体感を持って産官学連携を推進できる本学ならではの特長だと思います。
産学官連携の具体的な取組みについて
①研究成果に基づいた産業支援
――水産研究所における研究成果を通じて、産業支援に至った経緯についてお聞かせください。
升間特任教授(以下、「升間」):世耕初代総長が戦後の食糧難を解決するために「海を耕す」という理念のもと、水産研究所を設立しました。近年は「近大マグロ」が注目を集めていますが、実はそれ以前から本研究所は日本の養殖業に大きく貢献してきました。
例えば、日本の海面養殖では、生簀網で養殖を行う「小割式網生簀養殖法」が広く採用されていますが、これは本研究所2代目所長の原田輝雄氏が1954年から研究を重ねて考案した養殖法でした。
また、1960年代前半から取り組んだマダイの「成長選抜育種」についても国内のマダイ養殖の拡大に貢献した本研究所の成果の1つです。本研究所において、卵から孵化させてそれを成魚まで育て、成長のよいマダイを親にするというサイクルを何世代も繰り返したところ、1kgになるのに通常約3年掛かるのに対し、約2年で1kgに達する系統のマダイの作出に成功しました。これが養殖業者に広まり、本研究所で生産した近大マダイの種苗(稚魚)が広く利用されるようになりました。現在の養殖マダイの系統を辿ると99.9%以上は本研究所が開発した近大マダイに辿り着くといわれています。
これらの取組みにより、現在の日本の養殖法の基礎を築き、優れた形質の人工種苗を供給することで日本の養殖産業を支えています。
――学生も活動に関わっているのでしょうか?
升間:学生は、卒論研究や修士、博士課程の中で本研究所の課題にともに取り組んでおり、今までの研究成果の一端を担っています。
例えば、マダイとクロダイといった異なる魚種を掛け合わせることにより、新たな魚種を作出する「交雑育種」を本研究所で取り組み始めたのは、学生のふとした試みがきっかけでした。
②地元企業との連携による商品開発
――「近大ものづくり工房」はどのような経緯で設立されたのでしょうか?
西籔教授(以下、「西籔」):本学が位置する大阪東部地域には、金型を扱うものづくり企業が数多くありましたが、近年は縮小傾向にあることから、金型技術を未来へ継承するために、2012年に「近大発・金型プロジェクト」を立ち上げました。
このプロジェクトでは、ものづくり人材として活躍できる学生を育成することを目的に、各企業の金型技術について、職人の方と教員・学生が協働して研究を行いました。その成果として、2015年に「近大ものづくり工房」という本学のものづくりの拠点が設置されるに至りました。
講義等を通じてものづくりについて学んでいたとしても、学生自身のものづくりの経験は十分ではなく、その本質を学んだとはいえません。「近大ものづくり工房」では、地域のものづくり企業の現状や要望に耳を傾け、企業から直接学び、大学の高度かつ専門的な知見で企業に還元するということを大切にしています。
また、後述する「近大マスク」といった商品開発の成果は、我々のものづくり継承の想いに対する職人の方々の理解と技術協力があってこそのものです。誰かが困っているときには、全力でサポートしてくれる熱い人材が本学、そして地元企業に存在することを胸に、今後もものづくり産業を盛り上げていきたいと思います。
――「近大ものづくり工房」ではどのような活動が行われているのでしょうか?
西籔:近年は地元企業と本学で「近大マスク」という透明なプラスチック製のマスクの開発に取り組んできました。開発のきっかけは、新型コロナウイルスが流行し始めた際、社会全体でマスクの供給が追いつかない状況が続いたこと、そして、透明なマスクであれば耳の不自由な方も口の動きが読み取れるのでぜひ提供してほしいといった要望を学内外からいただいたことからでした。
――教員や学生はどのようにマスク開発に関わられていたのでしょうか?
西籔:「近大マスク」のデザインは文芸学部のプロダクトデザインを専門とする教員に協力してもらいながら、理工学部の学生や技術員が「近大ものづくり工房」の3次元プリンターを用いて「近大マスク」のプラスチック部品の試作を行い、地域の金型製造やプラスチック成形企業の方々に協力してもらって試作品を完成させました。
また、飛沫の飛散状況、感染防止効果や使い心地が大きな課題だったので、理工学部の教員に飛沫の可視化や計測を行ってもらったり、医学部の専門家からもアドバイスをもらったり、陸上競技部の学生に実際に使ってもらったりして改良していきました。
――「近大マスク」について、企業や購入者からの反応はいかがでしょうか?
西籔:大阪府や東大阪市をはじめとする地域のさまざまな施設や学内の学生や教職員等に無料配布実験を行ったところ、大きな反響があり、一般の方向けにオンラインで販売することになりました。開発から約3年で30万個以上販売でき、現在も地域企業の方やテレビのロケ番組でたくさん使っていただいています。
また、オンラインアンケートを行ったところ、「これは便利だ、もっと改良してほしい」といったさまざまな意見や感想を約800件いただきました。
「近畿大学の技術を社会に活かしたい!」という大学としての使命感で進めてきたことですが、このような反響をいただき、驚くとともに嬉しく思っています。
――現在のものづくりに関する活動状況はいかがでしょうか?
西籔:現在は学生が自由に製品開発に取り組み、企業とともに販売に結びつける「THE GARAGE」という施設が開設されています。ここでは「近大ものづくり工房」のサポートのもと、地域の企業とさまざまな学部の学生が一緒に製品開発することもできます。
昨年は日本やアジア全体の地域課題の解決に向け、企業とともに商品・サービス開発を行う「SDGs×問題解決プログラム」や、DIYクリエイターと廃材を利用してオブジェを創るワークショップ等が行われています。
③「リエゾンセンター」による産学官連携について
――「リエゾンセンター」は産官学連携においてどのような役割を果たしているのでしょうか?
竹原:本センターは、企業、行政、そして金融機関を加えた「産官学金連携」の窓口としてワンストップで対応できる体制を構築しています。
主な取組みは、企業等からの社会課題に関する技術相談を受け、コーディネーターの職員が課題解決にマッチングした教員を企業に紹介し、産官学連携につなげていくことです。例えば、「近大マグロ」を使用したおせちや、先程の「近大マスク」の開発等も、本センターのバックアップのもとで実現しました。
また、積極的に本学の技術を広く周知するために、年2回、開発した技術や商品の発表会の主催や各種展示会への参加を行っています。こうした活動の成果として、本学は全国の大学の中で受託研究の実施件数が5年間連続1位となっています。
――文系学部の教員や学生も受託研究に関わっているのでしょうか?
竹原:文芸学部や経営学部といった文系学部でも受託研究や共同研究を行っています。例えば、近鉄百貨店との共同研究では、文芸学部がデザインしたオリジナル手提げバッグの開発等、文系学生の学びにも関連する商品開発を通して実学教育を進めています。
また、同百貨店とは「近大味めぐりおせち」というオリジナルのおせち開発も行っており、農学部が材料の生産や商品名の提案を担当し、文芸学部がお重を包む風呂敷デザインを担当するなど、理系学部と文系学部が連携した活動も行っています。
――本センターにおける取組みの中で大切にしていることを教えてください。
竹原:本学は広報活動に力を入れており、産官学金連携における商品化に関する取組みの場合は、スピード感を持ったPRにつながるように広報室との情報連携を積極的に進めています。
また、本学は研究機関であり、研究ベースでさまざまなことに取り組んでいるため、本学の研究成果や技術を商品化に結び付けていくことを大切にしています。
今後の展望について
――それぞれの取組みに関する今後の展望をお聞かせください。
渥美:本学の中期計画では「時代の変化に対応し、選ばれる教育機関であり続ける」ことを大きなテーマとして取りあげています。このテーマの実現に向けて、クロマグロに続く、中核となる新しい技術を生み出していくことが重要であると思います。本学の産官学連携のグローバル進出も見据えながら、大学全体の研究・技術を向上させたいと考えています。
伊藤:今後は、「新しいもの」と「古いもの」のそれぞれのよい点をミックスしながらものごとを創出していくことが重要ではないかと感じています。両者の良さを未来へ継承することを意識して産官学連携を進めていけば、持続可能な社会貢献につながるのではないかと考えています。
升間:近年の水産業や養殖業は厳しい状況下にあると感じています。水産研究所では、持続的に養殖業を発展させていくために、養殖技術の高度化に積極的に取り組み、日本の養殖業が海外輸出も含めて可能になるように、養殖業の拡大に貢献できるような研究・技術開発に力を入れていきたいと思っています。
西籔:ものづくりに関しては、例えば、YouTuberの仕事もある意味ものづくりであり、ものづくりの概念は大きく変化してきています。こうした「新たなジャンルのものづくり」と職人技術の融合といった「日本ならではのものづくり」を推し進めていくことも、ものづくり市場の発展、ひいては職人技術の継承につながると思います。
また、今後は、日本人学生のみならず、留学生にも地域での交流を通して、日本のものづくりの本質を学んでもらえるように取り組んでいきたいです。
竹原:本学では養殖研究の他、脱化石資源に向けた新たなエネルギー資源「バイオコークス」という植物由来の廃棄物を使った固形燃料の研究も長年進めています。こうした本学の新たな柱となるような研究シーズを創出し、本学の研究シーズを通して社会に貢献できるようにしていきたいと思っています。
今後は産官学連携のグローバル化にも対応できる体制を整えていきながら、リエゾンセンターにおいて引き続き連携のサポートをしていきたいと思います。