『サヨナラ、学校化社会』【ブックレビュー#31】
こんにちは。総務企画課の蔦です。暑かった夏も過ぎ去り、「読書の秋」がやってきました。ブックレビューを書くのが2回目となる今回は、こちらの本をご紹介します。
学校化社会の問題
この本は、フェミニストとして名高い上野千鶴子氏によって書かれたものです。上野氏は女性学やジェンダー論が専門の社会学者ですが、「偏差値四流校」の大学からわが国トップの国立大学まで長きにわたる教育経験があり、いわゆる偏差値の高い学生から低い学生までさまざまな学生を教えてきました。
そんな著者は、大学で教える中で、今の学校というのは人に同調する能力が磨かれ、人と異なる考えや意見を持つ「オリジナリティ」が育っていない現実を目の当たりにします。
そして、現在の「学校化社会」は、偏差値競争の勝者には今後も勝ち続けていけるかという不安を、敗者には劣等感や評価されない不満を生みだし、「だれもしあわせにしないシステム」(90頁)であると主張しています。
「学校化社会」とは、著者によれば、良い学校に入るため、良い会社に入るためといった「未来思考」と「ガンバリズム」、そして「偏差値一元主義」といった学校的価値が社会にも浸透している状況を指しています。
本書は、こうした「学校化社会」に強い危機感を抱いた著者が、画一的な現在の教育システムに一石を投じたものになっています。
これからの時代に必要な教育とは
では、次世代を担う子供たちに対し、どのような教育が求められているのでしょうか。どうすれば、みんなが幸せを感じられるのでしょうか。
情報が生産物としての価値を持つようになった現在では、これまでの労働生産性に代わって情報生産性が重要であり、情報生産性の高い人材を育成するには、付加価値を生み出せる「オリジナリティ」を身に付けさせることが必要であると著者は述べています。
そして、具体的に以下のような方法を提案しています。
この本が出版されたのはもう20年以上前になり、そのころの教育の実態を詳しくは知りませんが、2020年度からの新しい学習指導要領のもとで教育を受けている小学生の子供たちの授業を覗いていると、私が小・中学生だった30~40年前と比べて確実に討論の時間が増えていることに驚きます(新しい学習指導要領では、「言語能力の育成」を図ることが謳われており、「主体的・対話的で深い学び」の中でそうした能力を育むことになっています)。
明確な答えのない問いに対して、自分はどう考えるのか、みんなで意見を交わし、最終的に理由を整理してノートにまとめるという作業を、私は小学校時代にやった記憶はありません。このように、長いスパンで見れば、教育も少しずつ変わってきていますが、それでもまだ著者の主張する「オリジナリティ」を生みだす教育の実現にはほど遠く、偏差値重視の「学校化社会」も変わっていないように思います。
著者の提案する教育のあり方は、現在の学校のスタイルに慣れているとそのギャップに驚きますが、そのくらい思い切った改革をしなければ、長年私たちの中に浸透している「学校化社会」は変えられないのかもしれません。
おわりに
最後に、心に残った著者から私たちへのメッセージを紹介します。
これからの時代は、「どんなに状況が変わっても生きのびていける多元的価値観」(117頁)を身に付けることが、しなやかに生きるうえで欠かせないものだと思います。その中で、夢中になれる何かを見つけ、楽しく生きられたら、こんなにいいことはありません。
著者のように胸を張って現在をせいいっぱい楽しく生きていると言い切れるか、、、私自身は即答できずに考え込んでしまいました。
今の偏差値教育に疑問を感じたことがある方、一度、上野氏の本書を手に取ってみてはいかがでしょうか?主張が論理的かつ明快であるためわかりやすく、巧妙な語り口にいつの間にか引き込まれてしまうと思います。