大学の特長、ココにあり!#12「武蔵大学における産学連携による学部横断型のゼミナール・プロジェクト」
取材にあたって
武蔵大学では、「東西文化融合のわが民族理想を遂行し得べき人物」「世界に雄飛するにたえる人物」「自ら調べ自ら考える力ある人物」を建学の三理想として掲げ、この理想に基づいた人材育成を行うための教育研究活動が展開されています。
今回は、学部が異なる学生同士が協働し合い、各々が持つ専門知識を活かしながら企業からの課題に取り組むことを通じて、社会で活躍していくために必要となる多様な視点を身につけることを目的とした「学部横断型課題解決プロジェクト(学部横断型ゼミナール・プロジェクト)」の取組みについてお伺いしました。
今回取材する取組みについて
(2021年度「武蔵大学に対する大学評価(認証評価)結果」の長所より抜粋https://www.juaa.or.jp/updata/evaluation_results/333/20220324_513048.pdf)
※評価当時は3学部(経済学部、人文学部、社会学部)でしたが、2022年4月より国際教養学部が加わり、4学部となっています。
武蔵大学の設立と建学の精神について
――まず始めに、貴大学が設立された経緯について教えてください。
森永教授(以下、「森永」):鉄道産業で幅広く活躍していた実業家の根津嘉一郎氏は、渡米実業団の一員として赴いた際、米国の実業家が国の将来を担う人材育成のために、大学等の教育機関の設立に注力している様子を目にしました。
根津氏はこれに感銘を受け、日本をより発展させるためには、教育に力を入れていくべきであるという想いをもち、1922年に旧制武蔵高等学校を設立しました。その後、学制改革により、1949年に武蔵大学として開学し、現在に至ります。
――創設者の想いは、貴大学の建学の精神にどのように表れているのでしょうか?
森永:本学は、「東西文化融合のわが民族理想を遂行し得べき人物」「世界に雄飛するにたえる人物」「自ら調べ自ら考える力ある人物」の3つを「建学の三理想」として掲げています。
設立に際し、根津氏は、西洋の文化を受け入れつつ、日本の東洋文化を海外に向けて発信できる人材の育成が重要であると捉えており、そうした考えが「東西文化融合」や「世界に雄飛する」、「自ら調べ自ら考える」という言葉に表れています。
――「建学の三理想」に基づく貴大学の教育にはどのような特色があるのでしょうか?
森永:本学では「リベラルアーツ&サイエンス」の理念に従い、専門分野を深めることで得られる「専門知」、専門分野を横断した学びから得られる「総合知」、そしてそれらを応用したうえで他者と協働する力である「実践力」を学生に身につけさせることを教育の基本目標としています。
開学時から続くゼミナール教育は、1年次から4年間を通して開講され、専門科目や総合科目の学びを活かしつつ、日々の暮らしに関わるような身近な問題から、環境問題といった地球規模の課題まで認識・理解し、他者と協力しながら解決に導く機会を学生に与えており、教育の基本目標の達成に向けて中心的役割を担っています。
学部横断型課題解決プロジェクト(通称:学部横断型ゼミナール・プロジェクト)
――ゼミナール教育の中で、特に昨年度の大学評価でも高く評価された「学部横断型課題解決プロジェクト」について、導入経緯や目的についてお聞かせください。
森永:社会では、さまざまなスキルや視点を持つ者同士が互いに協力し合い物事を進めていくことが多く、そうした社会に人材を輩出する大学においても異なるバックグラウンドを持つ他者と協働する取組みをより重視していくべきではないかと感じていました。
そこで、ゼミナール教育の応用編として、学部の垣根を超え、自身とは異なる関心を持ち、異なる専門領域を学ぶ学生同士が協力しながら取り組むプロジェクトを立ち上げることとなりました。ここでは、実社会に即したプロジェクトを目指し、実際の企業に協力してもらい企業のさまざまな課題を解決する中で、学生が企業の社会的役割等について考えられる内容にしています。
本プロジェクトは、企業のCSR報告書※を作成することを最終目標としていますが、受講する学生同士が企業の社会的役割等について話し合うことを通して、社会で働くとはどのようなことなのか、あるいは自身の専門知識を社会でどのように活かせるのかなどについて深く考える機会を提供しています。
受講生は2年次生が中心ですが、各学年に受講者がいるので、学部だけでなく学年も横断した取組みとなっています。
※CSR報告書・・・企業が社会的責任を果たしているのかを判断するための報告書
――プロジェクトの具体的な内容について教えてください。
森永:本プロジェクトは計13週で実施しており、授業の流れとしては、まず課題提供企業の担当者から会社概要のプレゼンテーションを受けた後、2週目以降はPhase1として学部ごとに活動し、8週目以降はPhase2として学部を横断したチームでの活動としています。
まずPhase1では、各学部に分かれて約5人の少人数のチームを作り、「この会社はどういう会社なのか」「どのような組織風土を持った会社なのか」「そもそもCSRとはどういう考え方なのか」等、これまで学んだ知識を活かしながら学部チームごとに考えをまとめていきます。
例えば、経済学部の学生であれば、企業そのものを調べ、どのような会社で、どのくらいの利益を出しているのか等、経済・経営的な視点で調べていきますが、社会学部の学生は、社会の中でその企業がどういう存在なのか等、企業の社会的責任という視点から調べていきます。
Phase2では、別々のチームで活動してきた学生が1つのチームになり、学部ごとのチームで考えてきた意見を持ち寄りながら、その企業に合ったCSR報告書の作成に取り掛かります。基本的に2つの企業をクライアントとしてお迎えし、1つの企業に1チームで担当します。
最後に、一般公開される最終報告会において、チームで作成したCSR報告書の制作プロセスや実際の調査内容等について、学生が企業関係者の方々の前で発表します。
――このプロジェクトを進めていく中で重要なポイントは何でしょうか?
森永:産学連携という形でプロジェクトを進めていることがポイントの1つです。学生が企業と関わり、企業が抱える課題を解決することを通じて、社会で働くことをイメージできる点は、産学連携ならではの特徴だと思います。
もう1つのポイントが、先ほども触れた複数学部の混成チームで活動することです。このプロジェクトでは、経済学部、社会学部、人文学部、そして今年度からは国際教養学部も加わり、それぞれの学生が考えるアプローチの仕方や考える経路、重視する点の違いを感じて、それらについてチーム活動を通してどのようにすり合わせていくのか、学生同士で葛藤してもらいたいと思っています。
――プロジェクトを円滑に進行させるために、学内ではどのような運営・サポート体制を構築しているのでしょうか?
伊藤様(以下、「伊藤」):このプロジェクトでは本学独自のSNSを活用しており、学生の活動状況を大学側が把握できる仕組みを構築しています。
具体的には、「学部」や「担当企業」、「学部合同」等で分けられたグループチャットがあり、プロジェクトの活動時以外でも各所でコミュニケーションが取れているか等、活用状況を教職員が随時確認しています。
SNSが活発に動いていれば、コミュニケーションを取りながら活動できていることが分かりますが、動いていないようであれば、担当教員から進捗状況についてコメントを入れてその都度対応するといったサポートを行っています。
また、プロジェクト開始時、中間時、最終報告会時の計3回行っている外部のキャリアコンサルタントとの面談を通じ、活動内容の自己評価や振り返りを実施しています。
――学部や学年が異なる学生が団結して取り組めるように、大学側で工夫されていることはありますか?
森永:特にPhase2の段階で、各学部の企業に対する問題意識の違いから学生同士で意見交換がうまくいかず、報告書の作成がなかなか思うように進まない状況が多々見られます。違う視点を持った者同士で議論し、答えを導くことがこのプロジェクトの要なので、必要に応じて担当の教職員より、相手の視点に立って考えていくことも重要であることをアドバイスしています。
このように、学生には、知識のギャップを自分たちで解消してもらうとともに、物事に対して自身とは異なるさまざまな価値観や捉え方があることを学び、そうした多様な視点を身につけながらプロジェクトに取り組んでもらうようにしています。
笠原助教(以下、「笠原」):担当教員は、学生に対して背中を押す立場でいることを心掛けています。例えば、学年が異なる学生同士で打ち解けていない様子が見られたときは、教職員が個別で学生と面談を行い、難しさを感じていることを解消できるようにサポートしています。
――学生はプロジェクトの経験をどのように活かしているのでしょうか?
森永:プロジェクトの初期段階は、担当教員の指示を待つ受動的な学生がほとんどでしたが、回を進めるごとに「自分たちでこの時間を何に使うのかを決めて進めよう」という学生が増え、徐々に学生主導の多種多様な知識を有したチームへと成長していきます。
そうした中で、このプロジェクトの経験を学部のゼミナールで発揮する学生もいます。例えば、私のゼミナールに本プロジェクトを履修している学生がいます。学部のゼミでのグループ活動でもその学生が中心となってグループワークに取り組んでいるようです。情報共有をスムーズに行っている様子からも、ディスカッションやグループワークの進め方がとても上達していると感じます。
また、本プロジェクトは、企業に対し商品やサービスを提供するB to B(Business to Business)企業との連携が多いのですが、プロジェクトを通して消費者として直接関わりのない企業について知り、より広い視野で企業を調べ、就職活動を進めている学生もいます。
伊藤:今年度から、本プロジェクトを履修した時期や学年を問わない学生たちで構成される学生団体「学部横断ゼミALUMNI」が組織されました。
今年度の活動では、先輩たちを呼んで担当した企業や実際の活動内容、就職に活かせたこと等について聞く勉強会を開いたり、以前お世話になった企業と協働して文化祭で展示や発表を行ったりしていました。このように、プロジェクト内だけにとどまらず、その後も学生たちは自発的にさまざまなところで活動を始めています。
笠原:卒業生からは、個性的で考え方もバラバラなメンバーとどのように課題を進めていくか、考えながら活動した本プロジェクトでの経験が、企業で働きはじめてから活きていると聞くことがあります。仕事は一人で進めるものではなく、営業、開発、製造、支援部門などさまざまな部署で働く同期、先輩たちと進めていくものです。そうした方々とのコミュニケーションを大切にすることで、より良い職場環境を作っているようです。
――学生が取りまとめたCSR報告書について、協力企業からはどのような反応がありましたか?
森永:学生は約3か月で、各企業の事業内容や社風等について取材・調査していきますが、「こんなにうちの会社のことを調べてくれるんだ」と企業の担当者に驚かれることが多いです。こうした学生からの取材に答えることで、企業にとっては、自社を客観視でき、改めて自社がどのような会社なのかを理解する機会になっているようです。
また、会社の風土を表したデザインや色使いでCSR報告書を作成するので、そうした成果物に対しても非常に喜んでいただくことが多いと感じています。
伊藤:今年度のプロジェクトでは、図書館用品を取り扱っているキハラ株式会社にご協力いただきました。最終報告会で発表した学生のCSR報告書制作のプロセスに木原一雄氏(代表取締役)が感動してくださり、今回のご縁を大切にしたいということで、プレゼントしていただいたブックトラック(図書館内で資料の運搬用に利用する台車)に貼るオリジナルデザインシートを学生がデザインする機会をいただくことになりました。このように、プロジェクト終了後も学生と企業のつながりができるケースもあります。
――プロジェクトに関する今後の展望をお聞かせください。
森永:このプロジェクトを始めた頃と比べると、現在はCSR報告書の存在が広く浸透し、社会が変化していると感じます。今後は、各学部の多様性を重視し社会課題の解決に取り組むという本プロジェクトの精神を引き続き活かしつつ、時代の変化に対応したカリキュラムを展開していきたいと考えています。
笠原:2023年度からは「CSR報告書の作成」を「社会課題への提案」という形に変えていくことを想定しています。これまでは企業に対してCSR報告書を作成し、企業に提案するまでを課題としていましたが、今後は企業の取組みを通じて、社会課題を解決したうえでどのような未来を作ることができるのかについて、学生が企業に提案する冊子を作ることを考えています。さらに、1セメスターの協力企業を1社とし、1つの企業に対して2チームが別々の視点から提案していこうと思っています。
まだまだ試行錯誤の段階ですが、今後も本プロジェクトをさまざまな形で展開していきたいです。