立命館アジア太平洋大学における多文化環境での学びを成功させる「多文化協働ワークショップ」と「ピア・ラーニング」|大学の特長、ココにあり!#17
取材にあたって
立命館アジア太平洋大学は、開学時に「立命館アジア太平洋大学開学宣言」の中で明示した「自由・平和・ヒューマニティ」「国際相互理解」「アジア太平洋の未来創造」を基本理念とし、留学生の積極的な受け入れなどを通じて、多文化環境における特色ある教育活動を展開しています。
今回はそうした理念を具現化した2つの取組み―多文化での学びを成功させるための初年次必修科目「多文化協働ワークショップ」と、同ワークショップ等に学生を支援スタッフとして配置し学生同士が学び合う「ピア・ラーニング」―についてお話を伺いました。
今回取材する取組みについて
(2022年度「立命館アジア太平洋大学に対する大学評価(認証評価)結果」の長所より抜粋)
立命館アジア太平洋大学の設立と基本理念について
――貴大学の設立の経緯や「開学宣言」についてお聞かせください。
米山(敬称略、他の方も同じ):立命館アジア太平洋大学(APU*)は、2000年に大分県別府市郊外に開学しました。
当時の平松守彦大分県知事の大学誘致の呼びかけに、京都の立命館学園が応じ、大分県、別府市、学校法人立命館の三者で、他にない国際的な大学を目指して設立した大学です。
「開学宣言」では、「自由・平和・ヒューマニズム」、「国際相互理解」、「アジア太平洋の未来創造」を基本理念とし、「アジア太平洋の未来創造に貢献する有為の人材の養成と新たな学問の創造のために設立する」、と謳っています。
大学設立に向けて動いていた1990年代は、社会主義諸国が崩壊して新しい事態が起き始めていました。当時、日本はアジアの中で大きな経済力を持っていたので、アジア太平洋地域における教育という名の社会貢献を掲げた開学であったこと、これからはアジアの時代がやってくることを見据えていたことから、大学名に「アジア太平洋」と冠したと聞いています。
*APU:立命館アジア太平洋大学(Ritsumeikan Asia Pacific University)の略称。
圧倒的な多文化環境での教育
――「他にない国際的な大学」とは、どのような大学なのでしょうか。
米山:最大の特徴は、学生と教員の外国出身者の比率です。大学構想の段階から「外国籍の教員比率50%」、「留学生比率50%」、「学生の出身国・地域を合わせて50か国」、この3つの「50」を達成しようという大きな目標を掲げ、実現して開学しました。現在も外国籍教員・学生の割合は約50%、国際学生の出身国は、開学以来の累計で世界166ヵ国・地域(2023年5月1日時点)に上り、圧倒的な多文化環境が実現できていると自負しています。
学内の掲示や学生・教職員へのお知らせなどは日英両言語で行い、ほとんどの授業を英語と日本語の両方で開講していることも特徴です。そして、そうした環境に学生が順応できるように、異文化理解を促す「多文化協働ワークショップ」や語学の必修を多く設けた初年次教育には非常に力を入れています。
また、本学では、学生が生活する多文化・多国籍の寮における経験も教育の一部として考えています。寮での生活と大学での教育が連動し、多文化環境で揉まれて成長する教育―国内学生と国際学生、言語、文化をミックスする「混ぜる教育」を実現しています。
なお、本学では「外国人」という言い方を避けるため、留学生は「国際学生」、日本人学生等を「国内学生」と呼んでいます。
――貴大学の多文化環境で学ぶ意義は何でしょうか?
米山:言葉の壁、文化の壁などを乗り越え、自分とは異なる背景の人と何かを成し遂げた経験は、学生にとって大きな自信になることを我々は確信しています。文化的・社会的背景や国籍が異なる人たちと理解し合い、世界の一員として行動できる人材が求められている今日、本学の多文化・多国籍な環境は、そういった人材を排出するために大変有効だと思います。
また、私は本学を「若い人たちのポテンシャルを解放する大学」だと感じています。多文化でインクルーシブな環境は、学生の可能性を開花させます。入学前に何らかの挫折を経験した学生も自分の居場所を見つけ、明るく、強くなります。このように人間関係の再構築ができる雰囲気は、教育機関として大変重要なことであると考えています。
――貴大学は多文化環境での教育や研究活動などを通して、どのような人材育成を目指しているのでしょうか。
米山:2015年頃より、来る2030年に向けての大学作りの議論を始め、「APU2030ビジョン」を策定しました。その中で、我々は、「APUは、世界に誇れるグローバルラーニングコミュニティを構築し、そこで学んだ人たちが、世界を変える」とのポリシーを打ち出しました。「世界を変える人」は、具体的に4つの観点から定義しています。
・他者と協働し、対話を軸に対立を乗り越え、社会に影響を与えることがで きる。
・異なる文化との衝突や遭遇したことのない困難への耐性がある。
・多様な視点やアイデアから、新しい価値を創造することができる。
・自分自身のゴールを描き、生涯学び成長し続けることができる。
このように、より良い社会を作っていくという信念を持って積極的に取り組む学生を輩出する大学でありたいと考えています。
APU生になるための初年次必修科目「多文化協働ワークショップ」
――「多文化協働ワークショップ」は、どのような授業なのでしょうか?
カッティング:「多文化協働ワークショップ」は、多文化環境への順応を促し、4年間の学びを成功させるための初年次の必修科目です。
APUに入学することは、例えるならば多様性の海の中にドボンと飛び込むようなものです。多様性の海とは、自分の価値観とは異なる、対話の仕方が異なる、考え方が異なる、言語が異なる環境などという意味で、学生は入学直後から、そのような環境で必死に泳がなくてはならないのです。さらに国際学生は、日本への適応も求められます。
初年次教育は、多くの場合、高校から大学への接続を目的として実施しますが、こうした理由から、本学の初年次教育は「APU生になるための科目」としての位置づけも兼ね、開学当初より異文化理解を目的とする授業を開講してきました。そうした授業は毎年改良を重ね、現在は「多文化協働ワークショップ」として開設しています。
――どのような形式で行われるのでしょうか?
カッティング:授業は、半期14回のプログラムで構成されています。7回目までは、多文化でのグループワークに必要な基礎知識やチームワークを養い、8回目以降では獲得したスキルを使って、グループごとに「APUで学んだ人が、世界を変える」というミッションに基づいた社会的に意義のある教育プログラムを議論し、締めくくりとして受講者全体へのプレゼンテーションを実施します。
毎回、前半30分程度は教員による講義となり、国内学生は日本語、国際学生は英語で、多文化協働に必要な知識や態度などを学びます。
後半60分程度は演習(グループワーク)です。国内学生・国際学生混合の小グループに分かれて、前半の講義で学んだ知識やスキルをグループで練習します。プロジェクトなどの負荷をかけ、グループに摩擦が生じることを想定しており、それを乗り越えることで協働する力が身につくよう、教育設計をしています。
――授業の前半で学んだ知識や態度を後半の演習(グループワーク)で生かしていく、実践的な授業なのですね。
カッティング:演習では、プロセスでの経験と気づきを重視するPBL**の手法を用いています。グループワークの学修目標は2つあり、「異文化コミュニケーション」―異なる文化的背景を持つ人へのステレオタイプを取り払うことや、言語が異なる人と意思疎通ができるようになること―と、もう1つは「協働学修」です。協働学修では多様性の尊重―言語・宗教・文化的背景の違いを尊重するだけでなく、個性も認め合うこと―が必要です。メンバーがグループへの帰属意識を持てるような声掛けを行うことも指導しており、協働しながら成長することを目指しています。
**PBL:学習者が問題を見つけ、解決する能力を身に付ける実践的な学習方法。
――初年次教育としての「多文化協働ワークショップ」にはどのような教育効果があるのでしょうか?
カッティング:学生からは、本ワークショップ受講後、「他者との関わり方が分かるようになった」「相互理解の力が高まった」との声が多数寄せられています。グループワークの経験は、文化や価値観が異なる他者と良好な関係を構築していくための成功体験となり、その教育効果は非常に大きいと感じています。
米山:本学の初年次教育「多文化協働ワークショップ」、次にお話しする「ピア・ラーニング」は、実践研究に基づいて毎年改良を重ね、入念に設計された教育手法です。ここには、「多様性の海」である本学に飛び込んできた18歳の学生たちを教職員がしっかりサポートする体制が整っています。
学生が支援して学び合うピア・ラーニング
――APUでは、学生が学生を支援する「ピア・ラーニング」を取り入れているそうですね。
カッティング:本学では言語学習や寮生活などのサポートに「ピア・ラーニング」の仕組みを随所に取り入れています。
先ほどお話しした「多文化協働ワークショップ」にも、「ピア・ラーニング」を取り入れており、小クラスごとに国際学生、国内学生の2名の先輩学生をTA***として配置しています。TAはファシリテーターとして多国籍のグループワークを進行する役割を担っています。
***TA:ティーチング・アシスタント。一般的な意味としては、教育的配慮の下に学部や大学院において授業の補助業務を行う大学院生。APUのTAは大学院生ではなく学部生が多いとのこと。
――TAになるには、事前に研修を受けるのでしょうか?
カッティング:TAとして活動したい学生には、徹底した研修を行います。晴れてTAとなった学生には、研修を受けたリーダーTA(先輩TA)が研修を行います。特に授業前の研修は重要で、問題解決の方法を心得てから授業にあたります。研修では、おとなしい学生に対する働きかけ、強い語気で発言する学生への対応など、メンバーの反応などを想定したシミュレーションも行います。
さらに、授業後には教員同席のもと、その日の授業のフィードバックを行います。教育の質保証という意味で、TAが行う授業補助のカリキュラムはしっかり決めており、密度の濃い研修を行っています。
――TAがグループワークをサポートすることのメリットはどのような点でしょうか?
カッティング:まず、4つの小グループからなる小クラスごとに日英両言語のTAを配置していますので、細やかなサポートができることです。例えば、「最近眠れなくて」とか「課題が難しい」というような、教員には言いにくいことも先輩学生には気軽に伝えられてサポートを受けられることはメリットだと思います。
その成果として、尊敬できるTAの支援を受けた学生が次のTAになりますし、同じようにTAもサポートしてくれた先輩の姿を見てリーダーTAになるというサイクルが確立しています。全学生の10%程度が初年次科目関連のTAを経験しますが、ピア・ラーニング自体がひとつの教育の機会で、言語や文化の異なる学生たちが互いに学び合い、協働しながら成長するのです。
――学生は、TA経験をどのように捉えているのでしょうか?
カッティング:学生の成長度合いのデータを取って分析・検証しているのですが、国際学生、国内学生共に、「リーダーシップ」の向上が確認されていますし、学生の「成長実感」が高いというデータもあります。
また、自由記述で成長した点を尋ねたところ、「計画に固執するのではなく、臨機応変に対応する力がついた、柔軟性が身についた」「言語や国籍が異なる受講生に明瞭に伝える工夫ができるようになった」「言語や国籍が異なるパートナーTAや受講生と良い関係性を築く力がついた」などの回答がありました。
――国際学生の感想はいかがでしょうか?
カッティング:国際学生にとって、このTA業務は人気があり、競争率も高いです。多くの国際学生は、自分のリーダーシップやコミュニケーション力を磨きつつ、世界各地から日本に来る1年生をサポートできることに魅力を感じています。
国際学生は国内学生とペアTAとして活動するので、日本人学生との協働において言葉の違い、働き方や時間の感覚の違いを乗り越えることで大きな学びがあるようです。
――「多文化協働ワークショップ」や「ピア・ラーニング」の今後の展望についてお聞かせください。
カッティング:TAの学びが非常に大きいということを、学内で改めて実感しています。今年度からTAの声かけの記録を取っています。今後はそうした結果を学内で検証し、ピア・ラーニングの改良を進め、その知見を学外にも拡げていければと考えています。
また、TAの有志は、APUの学部生以外を対象とする活動、例えば高校生向けの体験授業や社会人向けの外国語の研修などを行っています。こうしたリソースも活用しながら、より積極的な社会貢献につなげていきたいと思います。
米山:本学の学生は入学後に大きく成長します。この「成長」に関して、どういったことが契機となっているのかについての検証を開始しました。それによって、今後は学生の特徴に応じたプログラムを開発するなど、学習支援をより強化するような仕組みづくりができるのではないかと期待しているところです。
全学的な部分では、現在大学による社会貢献のあり方を学内で議論しています。大学は学生に教育を提供する場でありますが、「APUで学んだ人たち世界を変える」だけでなく、「APU(大学)が世界を変える」ことも視野に、大学を運営していきたいと考えています。
最後に、本学の多文化環境は「ダイバーシティ&インクルージョン」を体現していると感じます。さまざまな背景の学生や教職員が協働し、幸せな環境を築いているだけではなく、さまざまな価値観が混ざり合うことで生じるイノベーションを大事にしているからです。今まで培ってきたこの環境の強みを生かして、幅広く社会に貢献していく大学でありたいと考えています。
取材を終えて
今回は立命館アジア太平洋大学の2つの取組み―「多文化協働ワークショップ」、同ワークショップのグループディスカッションに学生を支援スタッフとして配置する「ピア・ラーニング」についてお伝えしました。
カッティング先生が「本学に入学することは多様性の海にドボンと飛び込むこと」とおっしゃっていたのが印象的でした。学生がAPUの多文化環境に飛び込み、時には荒波に揉まれながら必死に泳ぐ中で成長する様子を想像し、勇気を持って未知の環境に飛び込んでいくことの重要性について考えさせられました。ダイバーシティが推進されている今、多文化協働で得られるさまざまな力は、国際社会はもちろん、日本国内でも今後ますます求められるでしょう。
(インタビュアー)
総務部総務企画課 蔦美和子、藻利大地、井上陽子