JUAA職員によるブックレビュー#9
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JUAA職員によるブックレビュー#9

大学基準協会公式note

 このコーナーでは、大学基準協会職員が自らの興味・関心に基づく書籍等を紹介しつつ、それぞれが考えたことや感じたことを自由に発信していきます。大学の第三者評価機関に勤める職員の素顔を少しでも知っていただけたら幸いです。なお、掲載内容はあくまで職員個人の見解であり、大学基準協会の公式見解ではありません。

 ブックレビュー9回目は、評価研究部の田代がお届けします。
 大学設置基準が大綱化された2年後の1993年に、大学基準協会に入局しました。
 当協会が市ヶ谷防衛省正門前に所在していたことを知っている数少ない1人です。

苅谷剛彦『教育改革の幻想』ちくま新書、2002年1月20日発行

 さて、苅谷先生は今や国際的に活躍する教育学者ですが、1994~1995年には当協会の広報委員会委員を務めていただいていました。
 本書は、いわゆる「ゆとり教育」政策を批判する書籍の1冊ですが、本質的には、ものごとを決定し実行するうえで、何を大切にすべきなのかを問いかける内容になっています。
 我流の解釈ですが、「ゆとり教育」政策とは、1980年前後から2010年代初頭にかけて、過度な詰込み教育、受験競争の弊害を除去し、子どもたちに真の「生きる力」をつけてもらうことを目指して展開された政策です。ちなみに本書は、この政策が転換を迎える2011年の9年前、2002年に刊行されています。

 本書では、まず、授業の内容を理解していない児童・生徒が、小学校で3割、中学校で5割、高校で7割存在するという「七五三」状態を解消するために、小学校の教育内容を3割削減するという政策に対して、教育内容を削減しても、授業が「よくわかる」「だいたいわかる」児童数は変化しておらず、中学生理科の理解度はむしろ低下している、というデータを突き付けて批判しています。
 教育内容の削減により、確かにいわゆる「ゆとり」は増えました。一方で、1980年以降、小学生も中学生も高校生も、押しなべて学習時間が減っていました。本書では、こうした事実をデータによって明らかにし、「ゆとり」時間の拡大により、確かに勉強しすぎていた子どもは減少したものの、勉強時間が少ないあるいは勉強をまったくしない子どもの増加に拍車をかけることになったと、主張します。
 また「ゆとり教育」政策は、「過度の受験競争」「知識の詰込み教育」によって、子どもたちが著しく疲弊しているという当時の子どもたちがおかれていた現状認識を前提としていました。本書はその認識にも疑問を投げかけます。すなわち、合格率42%と、今よりはるかに過酷な入試環境であった1950年代後半においてですら、平均的な受験高校生は7時間50分の睡眠をとり、重い神経衰弱に陥ったのも2.7%にとどまっていた、とのデータを示し、「過度の受験競争」が幻影の可能性があることを指摘しています。
 つまり、「ゆとり教育」政策は、誤った現状認識と問題意識により提起され、誤った方法で実施されたということです。実に手厳しい批判です。
 とはいえ、もちろん、この政策に関わった人々は、悪気があってこれらを実行したわけではありません。本書では、著者による政策責任者へのインタビューも紹介されていますが、それぞれの改革に挑む熱意に嘘はないように思えます。ただ、熱意があったとしても、目指していた成果を修めることができなかったことは事実です。

 本書では「ゆとり教育」には、子どもの意欲や興味関心を重視し、体験を重視した学習を展開することで、問題解決能力や自ら学ぼうとする意欲が生まれる教育―いわゆる「「子ども中心主義」の教育」の考えが通底していることを説明しています。著者は、「子ども中心主義」自体を否定するわけではないものの、それを実現するために、政策責任者が「学校や教師の「創意工夫」に依拠している」ことに強い危機感を示しています。一国の制度である以上、現場に丸投げするのではなく、明確な方法論を確保すべきだと主張しているのです。
 本書は、ものごとを成し遂げるためには、現状を正確に把握・分析のうえ方針を決定し、適切な体制かつ正しい方法でそれを実行することが重要であると訴えています。本書のケースでは、「ゆとり教育」政策の根拠と方法論が脆弱であることを訴えているのですが、それを際立たせているのは、著者の主張が説得力あるデータを踏まえて展開されているからです。

 今、高等教育では、「学修者本位の教育」の実現が強く求められています。もっともらしいフレーズですが、「学修者本位」とは何なのか、「学修者」は何を求めているのか、「学修者」が望むことだけを見ていればよいのか、しっかりと現状を確認し、向かうべき方向性を見定め、現実的な方法論を確認したうえで動かねば、かえって学修者の皆さんに迷惑をかけることになるような気がします。学生が周囲と連携しつつ、自分自身で自らの未来を作っていけるような、そんな教育を実現するためには、現在、学生がおかれている状況をしっかりと見定める必要があります。

 本書は、旧聞に属するテーマを扱ってはいますが、明快な文章ですし、220ページほどの手軽な新書でもありますので、機会があればご一読をお薦めします。

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