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JUAA職員によるブックレビュー#22

 このコーナーでは、大学基準協会職員が自らの興味・関心に基づく書籍等を紹介しつつ、それぞれが考えたことや感じたことを自由に発信していきます。大学の第三者評価機関に勤める職員の素顔を少しでも知っていただけたら幸いです。なお、掲載内容はあくまで職員個人の見解であり、大学基準協会の公式見解ではありません。

 こんにちは。評価事業部 評価第1課の中村と申します。入局して10年以上、本協会が実施するさまざまな評価事業に携わってきました。現在は、機関別認証評価(大学評価、短期大学認証評価)の担当をさせていただいています。
 私は、学生時代に日本常民文化を専攻しており、人々の生活の中に残る文化から歴史を考察するため、さまざまな場所へフィールドワークに行きました。多くの人にインタビューをするなかで、どうしたら客観的に分析できるかが私にとっての大きな課題となりました。そんなとき、「質的研究」という考え方・研究手法に出会いました。今日は、その質的研究の入門書として刊行された本を紹介します。

大谷 尚著、『質的研究の考え方 研究方法論からSCATによる分析まで』名古屋大学出版会、2019年

 タイトルからして難しそうだなと思うかもしれません。確かに親しみやすい表題ではないでしょうが、本書の帯に書かれている「『量』では測れないものを科学的に考えるために」のとおり、世の中には数値化できない情報があふれています(むしろその方が多い気もします)。質的研究は、これを分析することで量的な情報ではこぼれてしまう事象を拾いあげ、私たちを取り巻く環境や文化等の諸要素を解明しようとするものです。
 本書は、第1部 質的研究のデザイン、方法、パラダイム、第2部 SCATによる質的データ分析の2部に分けられています。第2部は、著者の大谷尚氏が開発した質的データ分析手法(SCAT:Steps for Coding and theorization)について、ツールを含めて詳細に紹介しています。
 第1部では、質的研究の概念、構造とともに、データ採取の方法(観察、インタビュー、サンプリング)、採取したデータの分析の手法・枠組み、質的研究に必要な配慮(研究倫理)まで網羅されています。
 そのなかでも、私が興味深かったのは、量的測定にはなじまない事象について、例示を挙げて述べられた部分です。(長文のため、例示部分の引用は省略しますが、研究テーマとして①院内感染の発生率を下げるためには医師を多職種の監視のもとで手洗いをさせることが有効であるがそれによって職種間の関係悪化を招くのではないか?、②離島の医師が不要な薬を安心材として患者に処方し続けることの意義はなにか?、③余命数年と宣告された教師が教師としての人生を研究することはできるか?の3例が示されています。) 

“これらの問題の核となっているのは、人々の価値観、信念、希望、意欲、意図、意識、意味、意義、気持ち、感じ方などの主観的subjectiveあるいは間主観的inter-subjectiveで、言語的かつ非言語的で、動的で相互作用的なものであり、それは、量的・客観的には測定しにくいと言える。したがって、量的アプローチだけで研究を行おうとすると、それらを適切に扱うことが困難になる。それに対して、質的なアプローチは、それを研究として扱うことを可能にしてくれる。”

(本書24頁)

 つまり、質的研究によって、個人の思考など量的研究では排除するものを取り上げ、分析することで研究対象とすることができるのです。これに、量的データの分析結果を組み合わせることができれば、数値分析と人間の考え方や価値観といった感情的なものの分析によって、人間が創造する事象を余すことなく研究できるのではないでしょうか。
 量的研究と質的研究、客観性の担保と主観性の保持といった相反するものについて、著者は対義語として存在するものの、両者の特性を認識したうえで、必ず反対の要素も兼ね備えることが必要であると述べています。つまり、質的研究は研究者という人間が、研究対象の人間の気持ちや考え方を分析対象とするのだから、主観性を保持することが重要であり、むしろ主観性を磨くことが重要であるといえます。一方で、質的研究における客観性を担保する方法を考え、あらゆる手法を用いる必要があります。2つの概念を対立するものとして捉えるのではなく、双方が影響し合って成立する。私には、研究における批判的思考のあり方をまさに体現しているように思えました。
 著者は、「結語にかえて」の中で、質的研究に取り組むために必要な要素について、次のように述べています。 

“ある研究が質的研究と言われるためには、質的なデータを扱い、質的な分析を行うだけでは不十分であると考えている。質的研究では、上記のように、社会の変革よりも理解を志向する姿勢があるべきであり、そしてそのような理解が、研究者自身に対する理解と並行または交差しながら進められるはずであり、そしてそのために、批判より共感を持って研究参加者に臨むべきである。”

(本書373頁)

 本書の特徴は、全13章がさらに項目・枝番と細目化されていること、必ず例示を用いることで読み手が共感できるよう、考え方を具体的に示していることにあります。これは、著者が述べているように、なるべく平易な言葉で専門的内容を述べることで、本書に「間口の広さ」「敷居の低さ」を与えているといえます。そのため、気が向いたときに、その時必要な部分をコラムとして読むことも可能です。また、冒頭部分に著者の研究的背景が書かれており、教育学を専門としながらも、文系・理系を問わず、医学も含めたさまざまな専門家と積極的に交流し、この研究に至ったことが述べられています。その部分を読むだけでも、専門分野を超えて、質的研究を共通言語として、分野を横断して研究に取り組んできたことがわかり、学問の世界を理解するのに有意だと思います。
 
 本協会が行う各種評価では、書面評価と実地調査を組み合わせて行っています。大学評価では、書面評価では学生数・教員数等の数値データによる傾向や状況分析に加え、大学が自らの取り組みを振り返り、長所や問題点を洗い出した報告書に基づいた評価を行います。さらに、評価者が現地を訪問して、大学関係者(教職員・学生)へのインタビューや必要に応じて施設等の見学を行います。こうした評価方法には、質的研究の手法が所どころで用いられており、量的研究と質的研究を組み合わせた合理的な評価方法といえるのではないでしょうか。それでも、まだなお、評価における客観性の担保、評価者による主観性の保持のバランスなど評価方法の検討・研究の余地は多分にあります。私も本書に出会い、質的研究の考え方を再度学び、研究のあり方を考える機会となりました。

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