大学の特長、ココにあり!#2「『沖縄大学で学ぶ意義』を考える教育」
取材にあたって
戦後、アメリカの支配下にあった沖縄において、さまざまな苦難を乗り越えて設立された沖縄大学では、「沖縄大学憲章『地域共創・未来共創の大学へ』」という理念を基に、地域社会に貢献することのできる人材を育成するための教育活動が行われています。
その中でも、2005年度から開講している「沖縄大学論」では、「地域共創・未来共創」を目指した今後の大学のあり方を考えることを通じて、「沖縄大学で学ぶ意義」という視点から大学の理念・目的を学生に伝えていく独自の授業が実践されています。
今回は沖縄大学の設立背景を紐解き、「沖縄大学論」の開講経緯や今後の展望に迫ります。
今回取材する取組みについて
2020年度「沖縄大学に対する大学評価(認証評価)結果」の長所より抜粋
沖縄大学の沿革
――貴学はどのような経緯で設立されたのでしょうか?
盛口学長(以下、「盛口」):戦前、沖縄は日本の中で唯一高等教育機関を持たない県でした。戦後はアメリカの施政下に置かれ、米軍政府情報局の所管として1大学が設置されましたが、その大学だけでは収容人数に限りがありました。また、当時の沖縄では、県外へ自由に進学することは困難でした。留学生として県外へ進学する国費留学や私費留学といった制度はありましたが、その制度を利用できる学生は非常に限られていたと思います。一方で、戦後の沖縄復興を担うために就労と両立して勉強もしたいと願う若者が多くいました。
そうした中、1956年に本学の創立者である嘉数昇氏によって、本学の前身となる私立の沖縄高校が設置されました。当時は大学だけでなく高校も十分に設立されていなかったのです。その2年後の1958年に県内初の私立大学として沖縄短期大学が設置され、1961年には4年制になり、現在の沖縄大学が設立されました。
これらの3つの私学の創立者である嘉数氏は1902年に農家の家に生まれ、農作業の傍ら、好学の志を秘めていました。しかし、当時は「百姓に学問は要らない」という風潮が非常に強く、進学の夢を叶えることはできませんでした。嘉数氏は小学校卒業後に社会に飛び込んだという経験から、「自分のような苦しい思いを二度と沖縄の若者に味わわせたくない、諸種の事情で機会に恵まれず悪戦苦闘している若者を心から激励したい」という想いがありました。このように、沖縄の若者たちの就学の希望や嘉数氏の学びに対する強い想いから、沖縄の地域住民に基盤を置いた大学でありたい、沖縄を発展させる人材を生み出したいという願いを込め、本学の設立に至りました。
――「地域共創・未来共創の大学へ」という理念が掲げられていますが、この理念に込められた想いとはどのようなものだったのでしょうか?
盛口:1972年に沖縄が日本に返還されたことにより、本学は日本の大学の設置基準に適合しているか審査されることになります。しかしながら、設置基準からすると当時の本学は小規模であったため、他の沖縄の大学との合併案が挙がるなど、本学の存続に関わる議論が沸き起こりました。
この状況を受け、当時の本学教職員及び学生たちは、存続のために沖縄県民の方から署名をいただいたり、デモを行ったりという、県民を挙げての大学存続に尽力しました。結果として、本学は新たに大学として認可され、存続が認められることになりました。
このように、本学の存続には沖縄県民の方々の支持を得られたことが大きく影響しており、このことから、地域に根ざした大学であることをより明確にしようという機運が生まれました。そして、1978年から本学は新たな大学の理念として、「地域に根ざし、地域に学び、地域と共に生きる開かれた大学」というフレーズを掲げるようになります。
さらに、沖縄短期大学の設立50周年の節目に当たる2008年には、新しい時代に即した理念に再定義すべく、「新沖縄大学宣言」を発表し、新たな理念として「地域共創・未来共創の大学へ」を掲げ、これを2012年に「沖縄大学憲章」として定めました。この大学憲章では「地球市民、地域市民の教育の拠点となる」「地球環境、地域環境に貢献する教育研究を行う」「共創力を育む大学教育への変革を行う」という3本の柱を立てており、本学はこれに基づいて様々な活動を行っています。
――「沖縄大学憲章」に基づいたこれまでの取組みについてお聞かせください。
盛口:環境問題を強く意識した取組みとして、エコキャンパス宣言を行い、大学内での省エネ活動や環境保全、環境問題に関する教育・研究活動等に力を入れています。
また、創立60周年を迎えた2018年には、大学憲章を実現するための10年間の長期プログラム「OKIDAI VISION 2028」を立ち上げました。このプログラムでは、「地域がキャンパス、地域のキャンパス」というキャッチフレーズを掲げて諸活動を行っています。現在継続して行っていることとして、本学の地域研究所が実施している一般の方に向けた「土曜教養講座」があり、直近の回で577回を迎えました。他にも、沖縄県中小企業家同友会と連携して、同友会の方々を講師に招いたり、同友会が運営する勉強会に本学の教員が講師に行ったりといった相互派遣も行っています。コロナの状況が改善されれば再開したい活動としては、「放課後子ども教室」という子どもたちの居場所を提供する取組みや、地域の高齢者の方のための学内デイケアサービスがあります。
このように様々な活動を行っていますが、今後はSDGsと関連させて再編することを考えています。
「沖縄大学論」
「沖縄大学論」の開講経緯
――「沖縄大学論」はどのような経緯で開講されたのでしょうか?
盛口:本講義は2005年に開講しました。当時の状況が分かる資料として、第一次中長期経営計画を見返してみると、「2005年度より『沖縄大学論-沖縄大学の歴史と社会的役割』という科目を新設し、学生が自らの大学の歴史を知り、アイデンティティを確立し、誇りを持って学び卒業していけるようにする。」と書かれています。
2001年に本学が大学基準協会に加盟申請する時に行った初めての自己点検・評価では、様々な課題が浮かび上がりましたが、第一次中長期経営計画はそれらの改善に向けた取組みを中心とした計画でした。つまり、「沖縄大学論」は本学の理念に基づく一連の改善計画に位置付けられて開講したのです。
また、本講義のテキストとして、2008年の創立50周年に本学の歴史をまとめた『小さな大学の大きな挑戦』を刊行しました。現在はこれに加えて、本講義の講義録である『沖縄大学論』という冊子も参考図書にしています。
講義録『沖縄大学論』(A5版290頁)
本講義は学長が中心となって授業を担当しています。私自身も色々考えながら試行錯誤し、歴代の学長の精神を受け継いで講義しています。「沖縄大学論」のシラバスには達成目標について次のように記されています。
このように、開設当初の大学の目的は16年を経た今でも受け継がれています。
(「沖縄大学論」の授業風景)
授業内容
――具体的な講義内容についてお聞かせください。
盛口:「沖縄大学論」は全ての学部学科及び全ての学年の学生が受講できます。担当者は学長ですが、本学の様々な部署の職員の方や先生方にご協力いただきながらオムニバス形式で運営しています。
全15回の授業で、初回は学長によるガイダンスを行い、以降、「沖縄大学の歴史と将来」「沖縄大学という場で学ぶということの再確認」「沖縄大学で学んだ先達たちの話」の3つの分野について講義します。
冒頭で少し触れましたが、沖縄大学には、創立者である嘉数氏の努力や存続闘争などの色々なドラマがあり、今日に至っていますが、ほとんどの学生たちはその歴史を知らずに入学していると思います。そうした学生の皆さんに、自分たちの通う大学には固有の歴史があることを知ってほしいと思います。歴史を知ることで、自身の学んでいる場が大学という一般名詞で代替されるものではなく、沖縄大学という固有の場であることを意識してほしいのです。このことは、学生一人一人の自身の学びへの肯定感につながるものとも考えています。
また、建学の精神にもあるように、本学が地域に根差した大学であることを再認識してもらうために、「沖縄大学憲章」の3つの柱に基づいた授業を行っています。
例えば、昨年度は「共創力を育む大学教育」と関連して「人の多様性を考える」と題し、LGBTQや多様性について福祉文化学科の先生にお話しいただきました。同様に「地球環境、地域環境に貢献する教育研究」の柱に基づき、エコキャンパスとしての活動に長く関わってきた本学の職員に、本学の環境問題への取組みについて紹介してもらいました。もう一つの柱の「地球市民、地域市民の教育の拠点となる」に関連した授業では、本学の卒業生で、海外青年協力隊に参加し、現在は県内の福祉関連の仕事をしている方から、ローカル、グローバルの両面で、人と関わりながら生きていく上で大切なことについてお話をいただきました。
また、本学の同窓会に協力いただき、卒業生たちにも講義をしてもらっています。昨年度は新たな試みとして、学生にとっては身近な目標になるのではないかということで、卒業して間もない20代の卒業生に講義をお願いしました。
このように、「沖縄大学論」では、本学がどのようにして地域で支えられてきたかを振り返るとともに、理念に基づいた特色あるいは取組みについて伝えています。本講義を踏まえて、学生の皆さんにとって地域で活躍するというのはどういうことなのかを考えるきっかけになればと思います。
(「沖縄大学論」の授業風景)
――受講された学生の方々の反応はいかがでしょうか?
盛口:本学では学生に授業評価アンケートを書いてもらっており、「沖縄大学論」は満足度が高い授業として評価されていることが窺えます。学内に本学の歴史を紹介するコーナーもありますが、実際に本学の設立に関わった方々の生のお話の方が、学生の胸に響くのではないかと改めて感じました。
アンケートを見ると、本学の歴史に驚きの声が上がっています。いくつか紹介します。
このように、歴史や理念について改めて知る機会になったという感想が寄せられています。
今年度も多種多様な方をお呼びして、希望の込められたメッセージを学生に届けたいと考えています。
(「沖縄大学論」の授業風景)
――昨年度からは、新型コロナウイルスの影響でオンラインによる授業となりましたが、オンライン授業をしていく中で、そのメリットやデメリットについてはどのようにお考えでしょうか?
盛口:沖縄大学の激動の歴史を知っている方は高齢になってきています。昨年度、直接その時代を知っている方の話を聞いてほしいと思い、仲地博前学長をお呼びして、オンデマンド形式で自身の内地留学をした時のお話をいただきました。隔世の感がありますが、現代の学生たちにも染みるお話でした。
しかし、これをあと10年続けることは難しいのではないか、その当時を知る方がいなくなってしまうのではないかと危惧もしています。そのため今回は、永久保存版の映像としてその講義録を撮ることにしました。創立期の出来事を体験された先生からのお話を受け継ぐことも大切ですが、映像が残っていれば、それを直接観てもらった方が伝わることがあるかもしれません。これは遠隔の副産物といえることです。
一方で、母校の沖縄大学で講義ができるのなら、直接学生たちの顔を見て話したいという方もいらっしゃったので、一部の授業はライブ型式にしました。しかし、大人数の授業だと画面上でのコミュニケーションは難しいところもあったので、今後の課題としたいと思います。
――講義の中で、学生に一番伝えていきたいことは何でしょうか?
盛口:「沖縄大学の在り方を共に考え実践すること」を一番伝えていきたいと考えています。特に、今自分が所属している沖縄大学という場は、かけがえのない場であるということを伝えたいです。さらに、そうしたかけがえのない場で学んでいる学生の皆さんそれぞれもかけがえのない一人一人であると気付くことで、大学生活がもっと大事になると考えています。
講師の先生や本学の卒業生の方々はこうした「沖縄大学論」の軸にそって、それぞれの想いを伝えてくださっています。各講義の中で「大学生活でこんなことができるよ」「今気付けば今やっていることに加えてもっとこんなことができるよ」と様々な形でサジェスチョンもしていただいています。
また、本学の特色とも言えますが、9割が沖縄県内の学生なので、沖縄県で活躍している本学の卒業生の話は自分に結び付けて考えやすいのではないかと思います。「沖縄大学論」は、こうした在校生と卒業生との交流にも支えられています。
(「沖縄大学論」の授業風景)
――最後に、「沖縄大学論」のさらなる充実に向けた今後の展望等についてお聞かせください。
盛口:「沖縄大学論」も開講から16年経ちまして、沖縄大学の存続闘争というのは本学の歴史の中で非常に大きなポイントになっていますが、先ほど触れたように、それを直接に体験された方はかなりの高齢になっています。開講当時は激動の歴史について、学生の立場や教員の立場、職員の立場など、様々な方が講義をしていましたが、そうした方々が一様に高齢になってくると、先生と学生との間に少し時代的なギャップが生じるので、授業内容を変えずに本学の歴史を伝えていくことは難しいです。本講義で本学の歴史を学んでもらうことは大前提にありますが、比重は変えていかざるを得ないのではないかと思っています。
一方で、沖縄大学の様々な歴史のある部分に関わった卒業生の層は厚くなってきているので、卒業生の方を積極的にお呼びするなど、これまでの形を少しずつ変えていき、もっと様々なジャンルや考え方を組み込んでもいいのではないかと考えています。
さらに、「地域共創・未来共創の大学へ」という理念に基づき、様々な活動を本学は続けてきましたが、近年SDGsという持続可能な社会に向けての取組みが大きく取り上げられるようになりました。このSDGsと絡めて本学のこれまでの活動を組み直すことができるかもしれないと考えています。まだ計画している段階ですが、時代、時代に合わせて「沖縄大学論」も変えていく必要があると思っています。
(沖縄大学 盛口 満 学長)