JUAA職員によるブックレビュー#8
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JUAA職員によるブックレビュー#8

 このコーナーでは、大学基準協会職員が自らの興味・関心に基づく書籍等を紹介しつつ、それぞれが考えたことや感じたことを自由に発信していきます。大学の第三者評価機関に勤める職員の素顔を少しでも知っていただけたら幸いです。なお、掲載内容はあくまで職員個人の見解であり、大学基準協会の公式見解ではありません。

 総務部総務課の馬場と申します。十年前に異業種から本協会に転職してきましたが、仕事内容は変わらず管理部門一筋で、大学業界については未だに分からないことも多い。そんな本協会のキャラクテールを自認する私は、これまでとは少し趣向を変え、フィクション(小説)をご紹介したいと思います。

 森見登美彦著、『四畳半神話体系』、角川文庫、2008年

 もはやタイトルからしてやられた感のある本作の主人公は、京都のとある大学の3年生で、今風にいうところの「非リア」です。

 大学三回生の春までの二年間、実益のあることなど何一つしていないことを断言しておこう。異性との健全な交際、学問への精進、肉体の鍛錬など、社会的有為の人材となるための布石の数々をことごとくはずし、異性からの孤立、学問の放棄、肉体の衰弱化などの打たんでも良い布石を狙い澄まして打ちまくってきたのは、なにゆえであるか。
 責任者に問いただす必要がある。責任者はどこか。

 主人公は、「見る人をやきもきさせるおんぼろぶりはもはや重要文化財の境地」である下宿の四畳半で、自らの大学生活について振り返ります。もし、新入生の頃に違う選択をしていたら、幻の至宝と言われる「薔薇色のキャンパスライフ」をその手に握っていたのではないか……。そんな、違う選択肢の先にたどり着く主人公の並行世界を、古典風でユーモアに溢れた文体に乗せ、全4話構成(=4つの並行世界)で描いていきます。主な登場人物は主人公である「私」、妖怪のような悪友の「小津」、孤高の乙女の「明石さん」、正体不明の「樋口師匠」ですが、それぞれの並行世界において微妙に立ち位置や関係性が変わったり、一方で、共通の出来事を各話でそれぞれ違う角度から照射することで全体像が見えるようになったりと、なかなかにテクニカルな作品です。同じエピソードについてコピー&ペーストの文章が並んだかと思えば、微妙に一部を変えたりしていて、思わずニヤリとさせられる仕掛けも粋なものです。

 では、違う選択肢の先で、「私」の未来は変わったのか? というと、大して変わりません。結局のところ、大学3年生に至って「私」は、なぜこうなってしまったのかと、自室の四畳半でもやもやとしています。どの並行世界においても。

 そのことについては、すでに作品の中盤で、「樋口師匠」がガッツリと金言を説いています。そしてこれが、物語の底を鴨川のように流れる本作のテーマなのでしょう。

 可能性という言葉を無限定に使ってはいけない。我々という存在を規定するのは、我々が持つ可能性ではなく、我々がもつ不可能性である。

 「樋口師匠」曰く、我々の苦悩の大半は、可能性という当てにならないものに望みを託し、あり得べき別の人生を夢想することに起因する、今そこにある自分以外の何者にもなれないことを認めなさい、とのこと。こんなことを面と向かって言われた日には、向こう3日間は誰も話しかけないくらい仏頂面になりそうですが、物語はシリアスに展開するわけでもなく、飄々と軽快な調子で続きます。宵闇に舞う蛾のようにふらふらと軽いのが本作の魅力です。

 本作は、大学生活そのものが作品の前面に出てくるわけではないのですが、そこかしこに大学の気配が感じられ、大学や大学生活というものと本作のテーマが、ちょうどよい具合に溶け合っているのだと感じます。すなわち、大学や大学生活とは、様々な試行錯誤の末に、自分の不可能性を見つけるためのものでもあるのだろうなと思います(学生の無限の可能性を後押しするようなキャッチコピーも多いなか、こんなことを言ってしまっていいのだろうか)。

 ただ、自分の不可能性を知ることは、自分の本当の可能性を知るための最初の手掛かりになる、と私は思います。結局のところ、自分は自分にしかなれず、その自分にできることが本当の意味での可能性であり、そうでないものはただの妄想に過ぎません。そんな自分の不可能と可能とを時間をかけて知ることができるのが、大学という懐の大きい器であり、そのなかに満たされた大学生活という重力の弱い液体です。色々なことに挫け、時に仏頂面になりながら、手にするわずかな可能性を大事に、そして大きく育てていってほしい。大学生だった頃からはや四半世紀が過ぎた私なんぞはそう思います。

 ところで、本作はどちらかというと物語以上に独特で軽妙な文体を愉しむ作品だと思いますが、並行世界で同じような出来事が繰り返されるという構造上、さすがに中盤からはそれにもやや飽きがきます。面白いけど、このまま四畳半の寓話で終わってしまうのか……と思いきや、最終話に予想外のスペクタクルな展開が待っており、色々な伏線がつながって一本の線となり、あらゆるエピソードが一点に集中し、寓話が神話体系へと昇華する眩い体験が読者に訪れます。語り口は変わらず淡々としていますが、その手腕、実にお見事。秋の夜長にいかがでしょうか。


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