JUAA職員によるブックレビュー#28
評価事業部評価第1課の田山と申します。昨年入局し、大学と短期大学の評価を担当して2年目になります。
私が今回ご紹介するのは、こちらの本です。
ブックレビューを執筆するにあたってどのような本を選ぼうか、同期と本協会の書庫を探検していた際に、タイトルに惹かれて手に取ってみました。目次を見たところ、「もう、学力論争は終わった」という小見出しが目に入り、とても興味が湧いたため、この本を選びました。
本書は、中公新書ラクレ『論争・学力崩壊2003』でのインタビューを中心に、雑誌や新聞に掲載された苅谷氏の意見をまとめたものです。
2002年12月に発表された文部科学省の全国学力調査の結果を踏まえ、苅谷氏は「学力が低下したか否かという議論はもうできなくなった」(苅谷, 2003, p.13)と述べ、「学力低下論争の次に来るもの」と「なぜ教育論争は不毛なのか」について3部構成で論じています。
本書を読んで特に印象に残ったのは、教育改革にあたって不可欠な要素について述べている箇所です。
ここで苅谷氏が述べているのは、行政や政治での教育改革についてですが、私はこれが組織内の改革にも通じるところがあるのではないかと考えました。
理念を実現するためにさまざまな方策を立てたとしても、その方策によって実態がどう変化したのかを把握できていなければ、かえって理念から遠ざかってしまうこともあるかもしれません。大切なのは、理念、つまり自分たちが何を目指しているのかに立ち返り、その道しるべとなる方策に不備はないか、どのような結果がもたらされたのかを不断に検証し、理想と現実のギャップを狭めていくことだと考えます。したがって、日常で生じる小さな課題に対する方策はもちろん、改革のような大きな変化ではなおさら、実態を把握・評価した結果を落とし込むことが重要であるといえます。
一方で、教育のように完全に数値化することがむずかしく、かつ効果がすぐには顕在化しないものについては、実態の把握や分析を忌避しがちです。苅谷氏は、実態の把握による評価について、次のように述べています。
本協会の認証評価においても、大学・短期大学が学位授与方針(ディプロマ・ポリシー)※に示した学習成果を把握・評価しているかについて、確認しています。
苅谷氏の論をもとに考えると、学習成果の把握・評価は、「点数主義」(p.274)や「競争主義」(p.274)を推し進めるためのものではなく、各大学・短期大学が考える理想の教育を現実に落とし込むための手段であると捉えられるのではないでしょうか。
本書が出版されてから20年以上が経ち、大学全入時代が目前に迫る昨今、苅谷氏が提示した「つねに『反省的(リフレクティブ)』にとらえなおしていく姿勢、論拠を明確に提示しつつ、論じ方への(自己)評価を怠らない」(p.288)教育の見方・論じ方について今一度振り返る必要があると考えさせられました。
※「各大学,学部・学科等の教育理念に基づき,どのような力を身に付けた者に卒 業を認定し,学位を授与するのかを定める基本的な方針であり,学生の学修成 果の目標ともなるもの。」
中央教育審議会大学教育部会. “「卒業認定・学位授与の方針」(ディプロマ・ポリシー),「教育課程編成・実施の方針」(カリキュラム・ポリシー)及び「入学者受入れの方針」(アドミッション・ポリシー)の策定及び運用に関するガイドライン”. 文部科学省.
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/houkoku/__icsFiles/afieldfile/2016/04/01/1369248_01_1.pdf(参照2023-7-18)