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大学基準協会 会長インタビュー

 2023年7月に、大学基準協会の会長として髙橋裕子先生(津田塾大学学長)が就任されました。今回は、髙橋会長にインタビューを行い、先生の学生時代のことや高等教育に対する思い、さらには本協会のこれからなどについてお聞きしました。

大学基準協会 会長/津田塾大学 学長 髙橋裕子先生 略歴

1980年3月 津田塾大学 学芸学部英文学科卒業
1983年10月 University of Kansas, Graduate School, Dept. of History,
       M.A. in History
1984年3月 筑波大学大学院 修士課程 地域研究研究科(国際学修士)
1989年10月 University of Kansas, Graduate School, School of Education,
       Dept. of Educational Policy and Administration,
                       Ph.D. in Education
1990年4月~桜美林大学 国際学部国際学科 専任講師
1993年4月~桜美林大学 国際学部国際学科 助教授
1997年4月~津田塾大学 学芸学部英文学科 助教授
2004年10月~津田塾大学 学芸学部 英語英文学科 教授
2016年4月~津田塾大学学長/学校法人津田塾大学常務理事
 
(本協会での役職等)
2016年6月~評議員
2019年6月~理事
2021年7月~常務理事
2023年7月~会長

(2024年1月現在)

髙橋会長の歩んで来た道

――最初に、先生のご専門と研究内容について、教えてください。
髙橋(敬称略):母校である津田塾大学の英文学科では、アメリカ研究に興味を持ち、アメリカの歴史、社会、文化、文学、政治、経済など、アメリカに関することを多角的に学びました。その後、アメリカ研究の先生がたくさんいらっしゃった筑波大学大学院に進学し、提携校であったカンザス大学への留学によって、それぞれ修士と博士の学位を取得しました。

 主な研究分野は「女性と高等教育」と、津田塾大学創設者である津田梅子の研究です。丁度留学中に博士論文のテーマを考えている頃、本学の本館の屋根裏部屋で梅子の書簡が発見されたことをきっかけに、梅子が女子英学塾(津田塾大学の前身)を建学した時の状況をアメリカ社会史の観点から考察しようと考えました。アメリカ人女性たちがどういった思いで建学に協力したのか―当時、高等教育の対象から外れていた女性たちが、どのように高等教育の扉を開いていったのかを研究しようと思ったのです。このようなきっかけで、「女性と高等教育」、津田梅子の研究が私のライフワークになりました。

――先生の大学進学のきっかけや学生生活について教えてください。
髙橋:まず、大学進学時のことですが、私が卒業した高校は、今で言うリベラルアーツに近いような教育を行っていました。当時、英語の授業において、バートランド・ラッセルの「幸福論」を講読していたとき、英語で新しいアイディアを得る面白さを知り、まさに心が躍り、英語から広がる分野・世界をもっと知りたいという思いが強くなりました。このようなことが津田塾大学への進学のきっかけとなりました。
 津田塾大学入学後、アメリカ研究を選んだ理由は、アメリカ研究のコースは特別な講読の授業を取らなくてはならないと聞いたからです。今の言葉で言うところの「濃いコース」だと聞いて、では、そういうところに行ってみようかな、と思ったのです。講読の授業では、先生の説明に疑問を持つと、「先生、今の解釈はちょっと違うんじゃないですか?」と手を挙げてみたり(笑)。今でもその先生とは懇意にしておりますが、それくらい予習して、但し、アメリカ研究コースに進んでからですが、熱心に授業に取り組む学生でした。

――津田塾大学での学びはその後の人生にどのような影響がありましたか?
髙橋:私は、先ほどお話ししたように「英語で新しいアイディアに触れる」という目的で津田塾大学に入学しましたが、結果として、女子大学であったことが、その後の私の人生にプラスに働いたと思っています。

 津田塾大学では、私が受講した授業の約6~7割は女性の教員による授業だったと記憶しています。私は大学に1976年に入学しておりますが、女子の4年制大学への進学率が10%を超えるか超えないかという時代でしたので、それが極めて稀有な経験であったということがお分かりになるかと思います。
 
 周りにロールモデルとなる女性がたくさんいましたので、日常的に、様々な年代の女性のライフイベントやキャリアパスの様子を見聞きしていました。先輩女性の活躍が、留学し、学問を究める後押しをしてくれました。女子大学の、女子を中心に置いた環境が、人格形成や進路選択に大きな影響を与えるということを、身をもって体験したのです。

高等教育の現状と課題について

――先生は現在の大学の状況や課題について、どのようにお考えでしょうか?
現状と課題①:男性中心の「片翼飛行」の大学組織
髙橋:私の研究分野である「女性と高等教育」を踏まえての話になりますが、まず、第一に、日本は、高等教育の中に女性を十分に取り込んでいないという現状があると思います。このグラフをご覧ください。

日本の大学における女性と男性の割合 (2022年)


出典:河野銀子「日本における女性学長の実態と政策課題」
髙橋裕子・河野銀子編著『女性学長はどうすれば増えるか』(東信堂 2022, 12-23)
p21.を更新して河野氏がグラフ作成

 これは、九州大学の河野銀子先生が作られた、日本の大学のジェンダー構成(学部生から学長までの男女比)を表したグラフです(2022年)。オレンジ色が男性、グリーンが女性の割合を表しています。まず、4年制大学の学部在籍者(短期大学・専門学校は含まない)の割合は、男性54.4%、女性45.6%で、およそ10ポイントの差があります。続いて修士課程在籍者の男女比は、30ポイント以上の差があります。この時点で差が開くのですね。
 次に大きく差が開くのは准教授の男女比です。私はこのグラフを「ワニの口」のグラフと呼んでいますが、准教授のところで口がぐっと開きます。おそらく、この年代の女性はちょうど(出産などの)ライフイベントを経験している頃です。その後も教授、副学長、学長と職位が上がるにつれ、女性比率は下がります。これが、若い世代が見る大学の風景です。高等教育はいわば男性中心の「片翼飛行」の状態であって、女性の力を生かしきれていないのです。
 このような男女比の歪は、日本の教育における「ジェンダーギャップ指数」*に大きく影響しています。「Global Gender Gap Report 2023」**によると、日本の総合ジェンダーギャップ指数は146カ国中125位で、過去最低の順位となりました。教育分野は総合47位ですが、細かく見ていくと、識字率の男女比と初等教育・中等教育の男女比が世界第1位である一方で、高等教育の男女比は105位とジェンダーギャップが大きくなります。

 このようにみると、高等教育における男女格差の問題がいかに大きいか、お分かりになると思います。それが政治経済の分野にも波及していくわけです。将来を決定する大事な大学時代に、女子学生が見ているのは圧倒的に男性が多い社会です。キャリアについて考える時期に、女子学生には、日常風景にロールモデルが非常に少ないのです。それが私の感じている日本の大学の現状であり、課題です。
 
*ジェンダーギャップ指数:各国の男女格差を経済、教育、健康、政治、の4分野で評価し、国ごとのジェンダー平等の達成度を指数として表したもので、「0」が完全不平等、「1」が完全平等を示し、数値が小さいほどジェンダーギャップが大きいとされている。
**世界経済フォーラムGlobal Gender Gap Report 2023

現状と課題②:修士号取得者の少なさ
 
もう1つは、日本の大学院進学に関することです。こちらのグラフは学士/修士の学位取得者数の国際比較のグラフです。国ごとに2つの棒グラフがありますが、左が2008年、右が2019(又は2018)年時点での100万人当たりの学位取得者数を表しています。

【3-4-01 学士】人口100万人当たりの学士号取得者数の国際比
【3-4-02 修士】人口100万人当たりの修士号取得者数の国際比較

 (上記グラフ2点とも)出典:文部科学省 科学技術・学術政策研究所
科学技術指標2021」、調査資料-311、2021年8月

 「学士」の学位取得者数に関しては、日本と各国の差は、それほど大きくはないです。ところが、「修士」の学位取得者数のグラフを見ると、日本と他国の差が大きくなっていることに気が付きます。日本の100万人当たりの修士号取得者数は500人強である一方で、韓国は約1,500人となっており、日本の3倍に相当します。日本の修士号取得者数がいかに少ないかがお分かりになると思います。

 私が高校にお伺いして講演する際、いつも高校生に「大学卒業後、大学院への進学を考えている人」と質問して挙手をしてもらうのですが、ほとんどの場合4、5人しか手が挙がりません。大学院進学者数において、日本と他の先進諸国との差は歴然です。この資料を見せながら、先進諸国との大学院進学率の差に驚く高校生に、これで他国と競争しているという現状を話し、「高等教育は4年間で終わりではなく、修士課程を含めた6年間、さらに博士課程3年を追加して9年間というイメージを持って考えてください」と伝えています。
 大学院での教育を受けることで、視野が広がり、俯瞰力・総合力が高まるという教育効果もあります。是非高校生の段階から、大学院進学を視野にいれた進路選択をしてほしいと思っています。
 また、大学院進学については、大学卒業後すぐに進学するルートだけではなく、一旦社会に出て働きながら、あるいは休職などをして進学するルートも定着させていかないと、日本はますます後れを取ってしまうでしょう。「修士」や「博士」の学位取得者に対しては、それに見合った仕事と賃金を与えることで、大学院進学の価値を高めなくてはいけません。そのためには、大学とともに、企業や官公庁も一丸となって取り組んでいく必要があります。

大学基準協会の会長として

――これから大学基準協会が果たすべき役割等について、お考えをお聞かせください。
髙橋:高等教育の質保証において大学基準協会が果たすべき役割は多岐にわたりますが、今後より一層注力していきたいことの1つが、評価結果の社会における活用です。
 評価は、評価を受ける大学側も評価する本協会側も、膨大な時間と労力をかけて実施していますが、そうして完成した評価結果は、評価基準への適合又は不適合の結果ばかりが注目され、そこに記載された各大学の教育研究に関する評価情報が社会に伝わっていないことを危惧しています。
 本協会の評価では、各大学の理念・目的を大切にしながら、それぞれの教育研究における優れた取組みや特長的な取組みを評価結果において記載しています。そして、こうした評価情報がその大学の強みや特色を可視化することにつながり、例えば、大学選びの際に進学希望者が有益な情報源として活用されることを期待しております。

 私が高校時代に大学選びをした時は、薄い大学案内だけで、その大学の強みや特色を十分理解した上で入学したわけではないのですが、幸いにも私の場合は自分自身にフィットする大学に入学できたという認識があり、もし他の大学に入学していたら、今とは全く異なる人生だっただろうと強く思います。
 多くの情報が飛び交い、多様な進路選択が可能な現在の大学選びにおいて、そこには当時とは違った大学選びの難しさがあるでしょう。そうした中で、自分にフィットする大学を選択するためのツールとして、大学基準協会の評価結果のような客観的で信頼できる情報の価値はますます高まってくるはずです。その時に、大学基準協会の評価が大きな意味を持ってくるのだと思います。


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