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座談会~AI時代の高等教育を考える~

 ChatGPT等の生成AIが、急速に社会に普及しています。それらへの社会の評価は日を追って変化し、教育現場に様々な議論を呼んでいます。とりわけ高等教育の現場においては、まさに今、各大学が対応を模索している状況にあります。
 こうした状況を踏まえ、今回の座談会は、高等教育の現場を預かる方や情報学をご専門とする方々に、AI時代の高等教育についてお話しいただきました。

出席者
相澤 彰子 氏(国立情報学研究所副所長)
曄道 佳明 氏(本協会理事、上智大学学長)
星野 聡孝 氏(大阪公立大学高等教育研究開発センター副センター長)
堀井 祐介 氏(司会:本協会広報委員会委員、金沢大学教授)
※ご所属・肩書等は座談会当時のもの

【ChatGPTの登場と大学の対応】

――昨秋、生成AIのChatGPTが公開されると、その高度な機能と汎用性の高さから、瞬く間に利用者が世界中に拡大していきました。その一方で、ChatGPTでは、あたかも人間が作成したような自然な文章が生成されることから、各高等教育機関は教育活動への影響を懸念して、学生や教職員に対してこうした生成AIの利用に関する一定の方針を示す必要が出てきました。  上智大学は、早い段階で方針を示していましたが、その経緯についてお聞かせください。(堀井)

堀井 祐介 氏(司会:本協会広報委員会委員、金沢大学教授)

曄道:本学では、今年の3月下旬に学生及び教職員に向けて、「ChatGPT等のAIチャットボット(生成AI)への対応について」という文書を発信し、成績評価に関わる部分において学生の生成AIの使用は原則認めないという方針を示しました。学生からはChatGPTの使用によって成績評価の公平性に対する不安の声があがり、教員も評価方法を再検討したシラバスを作成する必要がありましたので、本学として新年度開始前に学内で共通認識を持つことが重要であると考えました。

 本学の発信後、各大学や大学団体が続々と方針やガイドラインを公表する流れを受け、本学は6月に、改めて教員向けのガイドラインを作成しました。これはAIの現在地について、教員が共通認識を持つためのものとして、授業でのAIツールの使用に関して必要な配慮や、学生の不正防止や不正利用が疑われた場合の対応等を定めたものです。
 なお、本学の方針などは、いずれも発出時点でのものであり、技術の発展や社会への浸透の状況に応じてその内容を変えていく必要があるものと認識しています。

曄道 佳明 氏(本協会理事、上智大学学長)

――大阪公立大学でも、ホームページ上に教員向けのガイドを公表されていますが、どのような経緯で作成され、どのようなことを伝えたかったのでしょうか?(堀井)

星野:本学でも2月末頃からChatGPTの学内での取扱いに関する議論を開始し、5月に「生成AIツールと教育についての教員向けガイド」を公表しました。

 ここ半年ほどの各大学のChatGPTに関する対応は大きく三つに分けられると思います。一つ目が、完全に利用を禁止する対応、二つ目が、積極的に新しい技術を取り入れていこうとする対応です。そして、三つ目は、現状を見極めながら慎重に進めていくもので、本学はこの方針で対応しました。
 こうした背景には、ChatGPTの利用を大々的に推奨するのは時期尚早、推奨するとしても、もう少し課題や問題点がクリアになった段階ですべきだという考えがありました。
 
 こうしたことを踏まえて先のガイドで伝えたかったことは、本学の基本的な考え方として「ChatGPTが、本来学生が身に付けるべき能カの妨げになってはならない」こと、「学修成果の公正な評価の妨げになってはならない」ことと、それを踏まえた「レポート作成などでのChatGPTの使用をどこまで認めるかは教員自身が判断し、学生に伝えるということが必要」ということです。

星野 聡孝 氏(大阪公立大学高等教育研究開発センター副センター長)

【ChatGPTのアルゴリズムとは?】

――今度は相澤先生にお伺いします。ChatGPTは今までの生成AIとどこが異なるのでしょうか?また、ご専門との関係からChatGPTをどのように捉えていますか?(堀井)

相澤:私は自然言語処理が専門なので、その視点でお話します。ChatGPTは従来の技術とは一線を画していて、大量のデータセットを学習することで応答を生成しています。高精度にテキストの内容を捉え、人間に近い自然で流暢な応答を可能にしています。これは我々専門家にとっても衝撃的な技術で、大変な驚きがありました。

 一方で、ChatGPTは動作に謎が多く「ブラックボックス」だと言われています。例えば、ChatGPTは嘘をつくことがよく知られていますが、我々研究者もなぜそのような反応をするのか、完全には理解できていません。それは ChatGPTが人類にとって未知の技術であることを物言わずに語っているようです。我々は現在、性能向上と並行し、情報の矛盾や偏り、誤った情報を可能な限り少なくするなど、課題を克服するための研究を進めているところです。

 ChatGPTが他のAIツールと異なる部分は、人間がフィードバックを与えることでそれぞれの社会の基準を教えていかないと使えない、みんなで育てていくという概念がないと成り立たないという点です。教育現場は、教育現場としての使い方や倫理観、あるいは指針があるので、それに適用するようにモデルを訓練しないといけません。「こういう出力をしたらダメ、こういう出力は好ましい」というような基準を作っていくことが、社会適応における喫緊の課題になっています。

 また、ChatGPTは米国OpenAIによる大規模言語モデルに基づくサービスですが、その後を追って、世界中の自然言語処理を研究・開発する研究所や企業が、一刻も早く自前の大規模言語モデルを開発しようとしている状況にあります。今後は関連技術の研究開発がますます加速するでしょう。

相澤 彰子 氏(国立情報学研究所副所長)

【高等教育におけるAIの活用を探る】

――先ほど、曄道先生と星野先生には、ChatGPTに関する両大学の対応についてお伺いしましたが、最新の状況についてもお話いただければと思います。(堀井)

曄道:7月の前期試験は、ChatGPTが話題になって以降、学生が初めて成績評価を受ける機会でした。これに先立ち、本学では、AIの浸透度や学生の不安や問題意識を把握するための意識調査を行いました。その結果、回答の時点で「ChatGPTを利用したことがある」と答えた学生は、想定より少なく半数程度でした。

 また、生成AIの利用方法について尋ねたところ、最も多かったのは情報検索でした。この結果を見る限り、実際の学生たちの利用方法は、私たちが懸念・危惧しているものとは異なる印象でした。一方で、外国語の文章作成や翻訳などにAIを利用している学生たちが多く見受けられました。本学は外国語教育に力を入れていますので、Aの外国語教育への利活用について、今後学内で議論していきたいと考えています。

 さらに、学生から「学習や研究における『適切な利用方法』というのはどういうことか?」という疑問も寄せられており、学生もAIが生成したものを鵜呑みにするのはよくないということを認識していることを窺い知ることができました。
 私は、学生には「自分たちの学びを自分たちでデザインする力をつけてほしい」と考えています。学生側から見たAIとの向き合い方を教員側がどのように取り込むかということは、これからの教育の中で一つのポイントになっていくのではないかと思います。

星野:先ほどお話したガイド公表の際、学内でセミナーを開催しました。セミナーではChatGPTの概要紹介、副学長・情報学研究科教員を交えたパネルディスカッションなどを行いました。そこでは、「生成AIの利用を禁止しても意味がない」、「今後は積極的に受け入れざるを得なくなるだろうから、教育もそれに合わせて変化して行かなくてはならない」という議論がありました。

 また、ChatGPTの教育現場での活用については、大学をあげて研究していくことも必要だと考えています。現在、本学の情報学研究科教員との共同プロジェクトでChatGPT・APIを利用した試験的な学内向けサービスを開発中です。学生及び教職員の三者におけるChatGPTの活用法を調査し、そのデータや効果的な活用事例などを年末に開催予定のセミナーで公表したいと思っています。

 他方、ChatGPTの普及に伴い、AIライティング検知ツールを全学で本格導入するべきか、検討を開始しました。なお、私の個人的な意見となりますが、これを機に海外の大学と比較して日本では遅れ気味であるアカデミック・インテグリティのガイドラインを整備し、学生の学問に対する向き合い方を示すことも重要であると考えています。

――今のお話に関連して相澤先生にお伺いしたいのですが、AIとAIライティング検知ツールは、技術力のいたちごっこになってしまうのでしょうか?(堀井)

相澤:いたちごっこになるか、と聞かれたら、Yesと答えることになるでしょうね(笑)。生成AIとAIライティング検知ツールは(例えばサイバー攻撃とセキュリティ対策のように相反し競合する関係ではなく…編者注)両者ともに剽窃を避けるという一致した目的のもとで開発が進められていますが、実際のところAIに剽窃の問題がなくても人間側の使い方が不適切である場合、検知ツールが完全にそれを見抜けるようにはならないでしょう。

 また、この話をするときに感じるのですが、それは、現実社会には嘘や剽窃が必ずあり、我々人間は、倫理的に問題のない世界を経験したことがないはずなのに、AI技術には嘘や剽窃のない世界が求められるという難しさです。
 いずれにせよ、検知ツールは「これは怪しいよ」と指摘はしますが、内容までをも理解しての指摘ではありませんから、問題があるかどうかを最終判断するのは人間だということを忘れてはなりません。

――先ほど曄道先生から、学生が生成AIを外国語学習に使っているというお話がありました。今後、翻訳ソフトとしてのAIの利用は広がっていくのでしょうか?(堀井)

相澤:現在のAI技術革新の究極の目標は、大規模言語モデルを使って人間にとって時間を要する作業を効率化していくことです。ご存知のとおりAIは翻訳が得意で、かなり正確な訳をしますので、今後ますます利用は進むでしょう。

 曄道先生の「学生がAIを検索と翻訳によく使う」という話は技術者として大変興味深かったです。なぜなら、検索エンジンと大規模言語モデルは大量の言語データを扱う点で密接に関わっているからです。大規模言語モデルがどうして翻訳できるかも、実はよくわかっていないのですが、対訳データの存在が役に立つとも言われています。
 翻訳には、双方の言語データの質と量の確保が重要ですが、ユーザーが少ない言語は質や量を保証することが難しいので、今後、言語間の格差の問題を考えていく必要に迫られるかもしれません。

【AI時代の高等教育のあり方】

――AIの普及によって、大学の教育研究活動は今後どのように変化するでしょうか?そして、高等教育機関にはどのような変化が求められるでしょうか?(堀井)

曄道:「AIは結構いい文章を生成するよね」などと仲間内で話すことがありますが、このようにAIを「評価」している状況は、まだ人間の方が立場が上だと言えるかもしれません。ただし、この先、技術がさらに進歩し、人間がAIをより手軽な情報検索ツールとして使用するようになったとき、情報を知として蓄積するための情報解釈力を持ち合わせていないと、AIを使いこなすことは難しくなるはずです。その時、教育現場では情報解釈のための学びについて、改めて議論をすることになるでしょう。

 また、AIが人間を超え始めたとき、倫理観・価値観など全く新しい社会の制度を作っていくことになるでしょう。今すぐではありませんが、もしかしたら15~20年後、今の学生たちが社会の中心となる時代には、AIが人智を超えるようになっているかもしれません。その時代を見据えて今預かっている学生たちには何を伝えるか―これが教育現場が抱える一番大きな課題であると認識しています。

 つまり、高等教育機関に求められていることは、社会がどう変わるか、技術がどこまで発展するかが不透明な時代においても、人間社会の倫理や価値がどう変わるかを見通しつつ、学生に教育を施していくことなのではないでしょうか。

星野:AI時代において、まず、我々教員側の課題として授業そのものを変えていく必要があります。そう遠くないうちに、AIによって容易に情報を得ることが可能な時代が到来します。そのため、これからは情報や知識を持つことよりも、それらをどう活用して行くかということの方がより重要になり、教育のあり方もそこに主軸を移していく必要があると思います。

 また、これに伴い教育活動での評価も変化してくると考えており、レポート等の成果物のみではなく、むしろ学びの過程に着目した評価を行うことが重要になってきます。そして、これに合わせて、教員の役割は、学びを促していくためのメンターやサポーターへと変わっていくでしょう。
 今後、単純な作業はAIが肩代わりし、生産性の向上を担ってくれますから、人間には音楽産業などでいうところの「プロデューサー」 としての役割が求められてくるのではないでしょうか。
 しかし「クリエーター」の能力が不要というわけではなく、むしろその力はますます求められてくるはずです。人間には「クリエイティビティ」、「オリジナリティ」、「価値創造力」が求められるでしょう。高等教育ではそれを促していくことが必要になると思います。
 
 つまり、人間はAIを活用しつつ、AIを乗り越えていくような価値創造力を身に付けていかないといけません。そして、高等教育機関は新しい価値の創造を意識した教育を行う必要が出てくるように考えます。

相澤:他の研究者からは偏った考えといわれることもあるのですが(笑)、私にとって、ChatGPTを含めてAIは「道具」です。曄道先生の「人間がAIを評価する」という関係性―人間がAIを「使っている」という意識は、研究者目線でも重要なことであると感じています。

 今、私たちに必要なのは絶対的なAIではなく、さまざまなニーズに適応できる多様性を有したAIであり、そのためには、生物の進化と同じように選択と淘汰の仕組みを働かせておくことが重要だと考えています。
 AIに関してはまだ明らかになっていないことが多いですが、悪いものは淘汰し、良いものを選択して、次の世界に残していくという評価の仕組みや意識を醸成していくということが、高等教育機関においても大切なことであると感じています。

【AI時代の高等教育の今後の展望】

――最後に、AI時代の高等教育のあり方について、今後の展望をお聞かせください。(堀井)

曄道:AIの技術革新とそれによる社会変革が同時に進むという、人間が経験したことのない大きな変革が、今、目の前で起こっています。「AIの登場によって、社会が大きく変わっていく」とよく言われていますが、技術とともに新しい価値や倫理も含めて「変えていく」視点で考えなくてはならないと思います。

 社会に出ていく学生に何を伝えていくか、それは大学だけで議論するのではなく、中等教育や実社会とも連携していくことが必要です。このような時代だからこそ、教育はどうあるべきか、人の成長とはどうあるべきか、あるいは社会がどうあるべきかという根本的な議論をしっかりと行っていくべきだと考えます。

星野:コロナ禍でICT活用の機運が高まったタイミングでChatGPTが登場し、これらとどう向き合っていくかを皆で真剣に考える時期に来ており、まさに今、日本の高等教育が大きく変わろうとしているように思います。

 AIに仕事が奪われるような話も耳にしますが、そのような時代だからこそ、学生はAIを使いこなせる人間になること、主体的に学んでいく人間になること、そしてその学びを継続することが重要であると考えます。

相澤:ChatGPTの登場は、私のような自然言語処理の研究者たちにも大きな意識改革を起こしました。今まで互いに独立に研究していましたが、ここで一致団結しないと5年後に何も残せないと、気持ちが一つになったところです。今日の座談会のお話を聞いて、高等教育も同じようなフェーズにあるのではないかと感じました。

――AI時代の高等教育機関では、未来を予見しつつ、学生を広い目、長い目で教育していくことが求められているということでしょうか。日本の将来、いえ世界の未来のため、学生をはじめ若い人たちに力をつけてもらうには、各所で連携することが必要です。本日はそれぞれのお立場から、大変貴重なお話をありがとうございました。(堀井)

※本記事は、広報誌『じゅあ JUAA』(第71号/2023年9月)に掲載した内容を一部修正し、再掲したものです。


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