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JUAA職員によるブックレビュー#10

 このコーナーでは、大学基準協会職員が自らの興味・関心に基づく書籍等を紹介しつつ、それぞれが考えたことや感じたことを自由に発信していきます。大学の第三者評価機関に勤める職員の素顔を少しでも知っていただけたら幸いです。なお、掲載内容はあくまで職員個人の見解であり、大学基準協会の公式見解ではありません。

 はじめまして。
 評価事業部 評価第1課の高橋と申します。
 機関別認証評価、いわゆる大学や短期大学などの評価に関する業務を行っています。

 業務を行っていると、大学などが学生に対し、さまざまな能力や経験を得る機会を日々提供していることを感じます。
 今回は、その「能力」という観点から、こちらの本をご紹介いたします。

帚木蓬生著、『ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力』、朝日新書、2017年

 著者は帚木蓬生(ははきぎ ほうせい)氏です。多数の文学賞を受賞している小説家でもあり、福岡県でクリニックを開業している精神科医でもあります。

 本書では、近年、教育・医療・介護の現場で注目されている「ネガティブ・ケイパビリティ」という能力をさまざまな角度から分析しています。そのうえで、著者は「ネガティブ・ケイパビリティ」が、人生のあらゆる場面で役に立つ能力であると主張しています。

 本書は、以下のような章立てとなっています。

はじめに ネガティブ・ケイパビリティとの出会い
第一章 キーツの「ネガティブ・ケイパビリティ」への旅
第二章 精神科医ビオンの再発見
第三章 分かりたがる脳
第四章 ネガティブ・ケイパビリティと医療
第五章 身の上相談とネガティブ・ケイパビリティ
第六章 希望する脳と伝統治療師
第七章 創造行為とネガティブ・ケイパビリティ
第八章 シェイクスピアと紫式部
第九章 教育とネガティブ・ケイパビリティ
第十章 寛容とネガティブ・ケイパビリティ
おわりに 再び共感について

 「はじめに」では、著者と「ネガティブ・ケイパビリティ」との出会い、第一章と第二章では、「ネガティブ・ケイパビリティ」という能力が発見された経緯について説明しています。第三章以降では、著者の臨床経験や、人間の脳、教育、芸術などの分野での「ネガティブ・ケイパビリティ」の活用例について述べています。

 さて、冒頭で「ネガティブ・ケイパビリティ」が役に立つと述べましたが、具体的にどのような能力であるかご存知でしょうか。

 著者は「はじめに」で、「性急に証明や理由を求めずに、不確実さや不思議さ、懐疑の中にいることができる能力」と述べています。(p.3)。

 すぐに証明や理由を求めずに、不確実さや不思議さの中にいるというのは、中々想像がつきにくいものだと思います。そのように考えてしまう理由は、人の脳には「『分かろう』とする生物としての方向性が備わっているから」(p.8)と著者は語っています。

 ヒトの脳には、(中略)「分かろう」とする生物としての方向性が備わっているからです。さまざまな社会的状況や自然現象、病気や苦悩に、私たちがいろいろな意味づけをして「理解」し、「分かった」つもりになろうとするのも、そうした脳の傾向が下地になっています。
 目の前に、わけの分からないもの、不可思議なもの、嫌なものが放置されていると、脳は落ちつかず、及び腰になります。そうした困惑状態を回避しようとして、脳は当面している事象に、とりあえず意味づけをし、何とか「分かろう」とします。(p.8)

 脳は分からないものや不可思議なものなどに直面したとき、それらしい意味を探してしまうということでしょう。
 第九章「教育とネガティブ・ケイパビリティ」では、現代の教育は、この脳の傾向もあり、問題や分からないことがあれば的確かつ迅速に解決する力(=「ポジティブ・ケイパビリティ」)を養成していると述べています。

 幼稚園から大学に至るまでの教育に共通しているのは、問題の設定とそれに対する解答につきます。
 その教育が目指しているのは、(中略)ポジティブ・ケイパビリティの養成です。平たく言えば、問題解決のための教育です。しかも、問題解決に時間を費やしては、賞賛されません。なるべくなら電光石火の解決が推賞されます。(p.186)

 これには、現在在学中の方や、すでに卒業されている方も心当たりがあるのではないでしょうか。常に目の前に問題が示され、時間内に答えを出すことが求められます。正解も用意されています。もちろん、問題解決能力も大切であり、活用する場面は絶えずあるでしょう。
 しかしながら、著者は、人生には「どうにも変えられない、とりつくすべもない事柄に満ち満ちて」(p.10)おり、そちらの方がすぐに解決できる事柄よりも多いと述べています。問題の解決方法がないような状況では、「ポジティブ・ケイパビリティ」では歯が立たず早々に諦めてしまうか、本質から遠ざかった付け焼刃の解答を出してしまうのです。そんなとき、「ネガティブ・ケイパビリティ」を知っていると、すぐに解決できないと分かったうえで、じっくりと考える姿勢を持つことができます。「ポジティブ・ケイパビリティ」から生まれる諦めとは異なっています。

 どうにもならないよう見える問題でも、持ちこたえていくうちに、落ち着くところに落ち着き、解決していく。人間には底知れぬ「知恵」が備わっていますから、持ちこたえていれば、いつか、そんな日がきます。
 「すぐには解決できなくても、なんとか持ちこたえていける。それは、実は能力のひとつなんだよ」ということを、子供にも教えてやる必要があるのではないかと思います。(p.108)

 「ネガティブ・ケイパビリティ」は、「どうにも変えられない、とりつくすべもない事柄に満ち満ちて」いる人生を過ごす、あるいは楽しむ手助けとなるのではないでしょうか。

 医療や芸術関係の章にも、多くの興味深い内容が盛り込まれています。どの年代や立場の方でも、実感を持って読んでいただける一冊になっていると思います。


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