JUAA職員によるブックレビュー#6
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JUAA職員によるブックレビュー#6

 このコーナーでは、大学基準協会職員が自らの興味・関心に基づく書籍等を紹介しつつ、それぞれが考えたことや感じたことを自由に発信していきます。大学の第三者評価機関に勤める職員の素顔を少しでも知っていただけたら幸いです。なお、掲載内容はあくまで職員個人の見解であり、大学基準協会の公式見解ではありません。

皆様はじめまして。

去年の9月から本協会に入局し、総務部総務課に在籍しております、加々美と申します。

今回私が紹介する本はこちらです。

エドワード・W・サイード 著、大橋洋一訳『知識人とは何か』(1995年、平凡社〈平凡社ライブラリー〉)

本書は、パレスチナ出身でのちにアメリカに移住した文学批評家である、エドワード・W・サイード氏(以下「サイード」という)により1993年に行われた講演をまとめたものです。

標題に「知識人」と銘打たれていますが、本書の内容は、直接、学問や高等教育のみについて言明するものではなく、むしろ政治的な理念等が込められた自伝的な講演としてまとめられています。

さて、学問や高等教育などをめぐる文脈を考えたときに、「知識」あるいは「知識人」という言葉は、かねてより当たり前のように出てくるように思いますが、それが何を意味し、どういうときに必要とされるものなのか、などと問われると、答えが多くあり、すぐにはなかなか答えにくいものなのではないでしょうか。そのような中にあっても、個性的な切り口でその考え方のヒントを与えてくれる書物の一つであると感じ、取り上げさせていただきました。

あらためて、本書の題名にもある「知識人」という言葉をみてみると、非常に漠然としているように思えます。安易なイメージにとらわれてしまうと、専門性を培い、知的エネルギーを駆使して他を先導する者、といった意味合いにも行き着いてしまいそうです。

一方、サイードは本書で以下のような主張を展開しています。

『専門主義とは異なる一連の価値観や意味、それをわたしは〈アマチュア主義(アマチュアリズム)〉の名のもとに一括しようと思う。アマチュアリズムとは、文字どおりの意味をいえば、利益とか利害に、もしくは狭量な専門的観点にしばられることなく、憂慮とか愛着によって動機づけられる活動のことである。』
(本書136頁)

この場合、アマチュアリズムとは単に突飛な素人考えや「知性」を軽視する姿勢というのでは全くなく、むしろ常に自律して考え続けることとして表明されています。またその動機には物事への愛着が関わってくることが示されています。翻ってみれば、コロナ禍におけるオンライン教育の急速な拡大など、今までのノウハウではなかなか通用しない事態に直面している昨今ですが、それゆえに狭い専門性だけではなかなか通用しない厳しさの下で、憂慮や愛着から発する気概を持つことの勇気をこの文章からは感じとることができる気がします。同時に、高等教育の質の向上やその普遍的な価値を常に考え続け、それを広く社会に対してわかりやすく提示し続けることの大切さを認識しました。

また本書でサイードはこのようなことを言っています。

『漂泊の知識人が反応するのは、因習的なもののロジックではなくて、果敢に試みること、変化を代表すること、動きつづけること、けっして立ち止まらないことなのである。』
(本書110頁)

このメッセージは個人的にはとても胸に迫るものがありました。また同時に、「言うは易く行うは難し」と痛感する言葉でもあります。この力強いメッセージは、あとは日々現実を生活していく読み手にゆだねられているように思えてなりません。立場は大きく異なりますが、あらゆる社会、境遇において当てはまる考え方の一つでもあると思います。高等教育の質の向上に地道に取り組む営為に微力ながらも関わらせていただく身として、専門性に閉じ込められることのないようにやわらかな頭と心をもっていきたいと思います。本書は、時々振り返ってメッセージを心に留めておきたいと思える一冊でした。

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